松本智津夫(麻原彰晃)の嫁や子供の現在!同時に死刑となった幹部は?(1)

不気味な階段のイメージ写真

オウム真理教の元教団代表、松本智津夫(麻原彰

晃)死刑囚と他に元幹部も含めて、7月6日に

7人の死刑が執行されました。

 

そして7月26日、残る6人の元幹部の死刑も

執行されました。

 

これで13人全員の死刑が執行されたことになり

ます。

 

一月に13人とは、本当に驚きです。

前回は6日で、残された6人の精神状態を考慮して

のことだそうですが、「考慮」ってこういう時に

使うんですね。

 

1988年から1995年にかけて起こった

オウム真理教事件と呼ばれる無差別テロ事件

 

「誰でもよかった」と言って個人が無差別殺人を

起こす事件が相次ぐ前に、こんな事件があったの

です。

 

今日は今一度、事件を振り返り、彼の妻や子供達

が今どうしているのかも調べていきたいと思いま

す。

(ただし、子供達に事件の責任があるとは思って

いません)

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オウム真理教事件

  • 1988年9月22日    在家信者死亡事件(立件なし)死者 1 人 負傷者0 (修行中の事故とその隠蔽)
  • 1989年2月10日    男性信者殺害事件  死者1 人 負傷者0 (教団に反発した信者の殺害)
  • 1989年11月4日    坂本堤弁護士一家殺害事件  死者3人 負傷者 0 (教団と敵対する弁護士の殺害)
 殺された坂本堤弁護士一家の写真

*この時は、ずっと犯人の手がかりがなくて、

坂本堤弁護士の仲間や知人の方々が全国に

情報を求めて、歩き回っていたのを覚えて

います。

  • 1990年         国土法違反事件 (土地売買の隠蔽)
  • 1992年9月14日   オカムラ鉄工乗っ取り事件(立件なし) (教団の武装化)
  • 1993年6月6日     逆さ吊り死亡事件  死者1人 負傷者 0( 修行中の事故とその隠蔽)
  • 1993年6月28日   第一次亀戸異臭事件(立件なし) 死者0 負傷者 0( 無差別テロ)
  • 1993年7月2日     第二次亀戸異臭事件(立件なし) 死者0  負傷者0( 無差別テロ)
  • 1993年11月         第一次池田大作サリン襲撃未遂事件(立件なし) 死者0  負傷者0( 創価学会最高実力者の殺害)
  • 1993年11月~     サリンプラント建設事件 (不特定多数の殺害を目的としたサリンの生成)
  • 1993年12月18日 第二次池田大作サリン襲撃未遂事件(立件なし) 死者0 負傷者 数名(創価学会最高実力者の殺害)
  • 1994年1月30日   薬剤師リンチ殺人事件 死者 1 人 負傷者0 (教団から脱退させようとした人物の殺害)
  • 1994年2月~       自動小銃密造事件 (教団の武装化)
  • 1994年3月27日   宮崎県資産家拉致事件  死者0  負傷者1人( 資産の強奪)
  • 1994年5月9日     滝本太郎弁護士サリン襲撃事件  死者0  負傷者1 人(教団と敵対する弁護士の殺害)
  • 1994年5月~       LSD密造事件 (イニシエーション用の違法薬物製造)
  • 1994年6月27日   松本サリン事件 死者 7 負傷者 600人教団松本支部立ち退きを担当する判事の殺害、サリンの実験)

  • 1994年7月~       覚醒剤密造事件 (イニシエーション用の違法薬物製造)
  • 1994年7月10日   男性現役信者リンチ殺人事件 死者 1 人 負傷者0 (スパイを疑われた信者の殺害)
  • 1994年7月15日   元仙台支部長死亡事件(立件なし) 死者1 人 負傷者0 (信者に懲罰として修行を強要)
  • 1994年7月28日   元看護婦拉致監禁事件  死者0  負傷者1人( 教団から脱退しようとした人物の監禁)
  • 1994年9月20日   江川紹子ホスゲン襲撃事件(立件なし) 死者0  負傷者1 人(教団と敵対する人物の殺害)
  • 1994年9月~       チオペンタールナトリウム密造事件 (イニシエーション用の違法薬物製造)
  • 1994年11月20日 鹿島とも子長女拉致監禁事件  死者0  負傷者1 人(教団の宣伝アイドルになることを拒否した人物の監禁)
  • 1994年12月2日   駐車場経営者VX襲撃事件  死者0 負傷者 1 人(教団を脱走した信者を匿った駐車場経営者の殺害)
  • 1994年12月9日   大阪における拉致監禁事件 死者0  負傷者1 人(教団から脱退しようとした人物の監禁)
  • 1994年12月10日 ピアニスト監禁事件  死者0  負傷者1 人(出家を拒否した人物の監禁)
  • 1994年12月12日 会社員VX殺害事件  死者1 負傷者 0 人(スパイを疑われた人物の殺害)
  • 1994年12月28日 三菱重工広島研究所侵入事件レーザー兵器開発などのためのデータ収集)
  • 1994年12月~     メスカリン密造事件 (イニシエーション用の違法薬物製造)
  • 1995年1月4日     被害者の会会長VX襲撃事件 死者 0  負傷者1 人(教団を批判している被害者の会会長の殺害)
  • 1995年1月           自動車免許証偽造事件犯罪目的で偽造免許証を製作)
  • 1995年2月28日   公証人役場事務長逮捕監禁致死事件  死者1 負傷者 0( 多額の布施を見込める信者の奪還)
  • 1995年3月15日   霞ケ関駅アタッシュケース事件(立件なし)死者 0  負傷者0 (教団への捜査の攪乱と首都圏の混乱)
  • 1995年3月19日   島田裕巳宅爆弾事件  死者0  負傷者0 (偽旗作戦)
  • 1995年3月19日   東京総本部火炎瓶投擲事件  死者0  負傷者0 (偽旗作戦、自作自演テロ)
  • 1995年3月20日   地下鉄サリン事件  死者12人 負傷者6,300人(教団への捜査の攪乱と首都圏の混乱)

  • 1995年3月20日   名古屋における老女拉致事件 死者 0  負傷者1人( 資産の強奪)
  • 1995年3月22日   第6サティアン礼拝堂信者監禁事件 死者 0  負傷者6人
  • 1995年4月-5月    新宿駅青酸ガス事件  死者0  負傷者0 (教団への捜査の攪乱と首都圏の混乱)
  • 1995年5月16日   東京都庁小包爆弾事件 死者0  負傷者1 (教団解散権限を持つ都知事への妨害と教団への捜査の攪乱)

 

松本智津夫(麻原彰晃)のプロフィール

生年月日:1955年3月2日

出身地 :熊本県八代市

  • 金剛村は1954年4月1日に八代市に編入され、智津夫の出生時には消滅していた。

死没  :2018年7月6日(63歳没)
*東京都葛飾区小菅(東京拘置所)

ホーリーネーム:マハー・グル・アサハラ

ステージ:尊師、神聖法皇

教団での役職:代表(設立者)

関係した事件

  • 男性信者殺害事件
  • 坂本堤弁護士一家殺害事件
  • 薬剤師リンチ殺人事件
  • 松本サリン事件
  • 男性信者リンチ殺人事件
  • 会社員VX殺害事件
  • 公証人役場事務長逮捕監禁致死事件
  • 地下鉄サリン事件
  • ほか多数

 

判決  :死刑(2018年7月6日執行済み)

 

1984年、オウム真理教の前身「オウム神仙の会」

を設立。

ヨガ修業や「超能力」をうたい、信者を集めまし

た。

 

1990年、松本自身や信徒が衆院選に立候補しまし

たが、いずれも落選。

信徒の脱会や高額な「お布施」の支払いなどを巡り

トラブルが相次ぎ、社会的な批判を浴びます。

 

1995年、地下鉄サリン事件発生を受け、警視庁は

山梨県上九一色村(当時)の教団施設を強制捜査し、

松本死刑囚を逮捕。

松本死刑囚地下鉄サリン事件坂本堤弁護士一家

殺害事件松本サリン事件でも起訴され、計13事件

で殺人罪などに問われました。

 

1996年3月27日に警視庁本庁舎から東京拘置所に

移送。

 

1996年に始まった東京地裁の公判では無罪を主張

たが、2004年に死刑判決を受けていました。

 

その後、弁護団が「(松本死刑囚と)意思疎通が

できない」ことを理由として、提出期限までに

控訴趣意書を出さなかったため、

2006年、東京高裁は控訴棄却を決定。

最高裁も高裁決定を支持し、同年中に死刑が確定。

 

2018年(平成30年)7月6日、東京拘置所にて

死刑執行

 

一連の事件では13人の死刑が確定していましたが、

執行されたのは初めてです。

 

法務省は2018年3月、東京拘置所に収監していた

死刑囚13人のうち松本死刑囚らを除く7人を、

東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ

移送。

執行の時期が焦点となっていました。

 

松本智津夫の教壇での地位

自称日本で唯一の「最終解脱者」。

1996年(平成8年)6月19日以降は、教団内部での

地位は開祖

 

2000年、オウム真理教は宗教団体「アレフ」

(Aleph)に改組され、Alephにおいての公式呼称

「旧団体代表」とされました。

 

事件の特異点

オウム真理教の教団幹部には、なぜか高学歴の

者が多かったのです。

 

豊田亨(とよだ とおる/2018年7月26日、東京拘置所にて死刑執行)

生年月日:1968年1月23日(50歳没)

出身地 :兵庫県加古川市

入信  :1986年9月

判決  :死刑(上告棄却)

ホーリーネーム:ヴァジラパーニ

ステージ   :正悟師

教団での役職 :科学技術省次官

豊田亨の顔写真

高校は白陵高等学校

東京大学理学部物理学科卒業

東京大学大学院理学研究科物理学専攻修士課程修了

  • 東京大学出身者の死刑が確定したのは、日本国憲法下では初めて。
    (旧帝国大学出身者としては、下関通り魔殺人事件の犯人(九州大学)についで2人目)

 

教団で科学技術省次官となり、オーストラリアで

核開発を行おうとしていました。。

 

1995年3月20日の地下鉄サリン事件の、サリン

散布の実行犯

 

素粒子理論を専攻し、大学入学年の1986年9月から

オウム真理教の前身であるオウム神仙の会に入会。

1992年4月には同博士課程に進学するも、1ヶ月と

経たないうちに中退し、出家信者となっています。

 

大学時代に同級生だった伊東乾・東大准教授は、

「さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に

乗った同級生」を出版しています。

 

【起訴された事件】

  • 自動小銃密造事件
  • 地下鉄サリン事件
  • 新宿駅青酸ガス事件
  • 東京都庁小包爆弾事件

 

2009年11月6日に上告棄却が決定し、死刑が確定。

2018年7月28日、死刑執行

 

 

 

広瀬健一(2018年7月26日、東京拘置所にて死刑執行)

生年月日:1964年6月12日(54歳没)

出身地 :東京都

入信  :1988年3月

判決  :死刑(上告棄却)

ホーリーネーム:サンジャヤ

ステージ   :正悟師

教団での役職 :科学技術省次官

広瀬健一の顔写真

1983年3月、早稲田大学高等学院卒業

1987年3月、早稲田大学理工学部応用物理学科

首席で卒業し、総代として挨拶もしました。

卒論で高温超伝導を発見。

 

1987年4月、早稲田大学大学院理工学研究科物理

及び応用物理学専攻修士課程に進学。

 

同年6月、指導教授と『高温超伝導の二次元』

論文を共同執筆して国際会議に提出するが、この

研究は進歩して初めて結論が出るものだったため、

国際会議では正当に評価されず却下されています。

広瀬は「ナンセンスだ」と強く反発)

 

1988年のスイス会議では「世界のトップサイエンス」

と高評価を受けています。

 

学部4年・修士2年の3年間を指導した教授は

これまで指導した学生の中でトップクラスの秀才。
博士課程に進んでいたらノーベル賞級の学者だった。
世界の物理学に根本的な違いがあった。

と悔やんだといいます。

 

大学院卒業後、民間企業の内定を蹴って入信。

社会心理学者と精神科医によると、広瀬は入信の

意思が当初からあったわけではなく、突然、強度

の幻覚的経験を伴う「宗教的回心」が起きたため

に入信せざるを得なかったといいます。

 

突然の回心とは、急激な思考システムの変容の

こと。

回心者は人格が変わったようになるのだそうです。

 

理系の学識があっても、これによって常識に反す

る教義を信じてしまう場合があることは、一般に

認められているそうです。

 

そしてカルト宗教に入信し、常識から逸脱した

思考や行動をする場合があるのだそうです。

 

教団では、PR番組「真理探究」に出演。

横山真人豊田亨と共に自動小銃の製造もして

いました。

猛毒のボツリヌス・トキシンを世界中に撒く

計画では、培養を担当していました。

 

作業中に自分が死ぬ危険があっても恐怖はなく、

大勢の人が死ぬことに関しては、輪廻転生の

オウムの世界観が根付いていたために、気に

ならなかったと証言しています。

 

地下鉄サリン事件の散布実行役でした。

 

【起訴された事件】

  • 自動小銃密造事件(武器製造法違反)
  • 地下鉄サリン事件(殺人、殺人未遂罪)

 

2009年11月6日に死刑が確定。

2018年7月26日、死刑執行。

 

中川智正(なかがわともまさ/2018年7月6日広島拘置所で死刑執行)

生年月日:1962年10月25日

出身地 :岡山県岡山市

入信  :1988年2月

死没  : 2018年7月6日(55歳没)

ホーリーネーム:ヴァジラティッサ

ステージ   :正悟師

教団での役職 :法皇内庁長官

中川智正の顔写真

1978年3月、岡山大学教育学部附属中学校卒業。

1981年3月、岡山県立岡山朝日高等学校卒業。

 

手塚治虫の「ブッダ」の影響で医師の道を目指す。

一浪を経て、

1982年、京都府立医科大学医学部医学科に進学

大学では柔道部に所属。

 

1988年2月24日、オウム真理教に入信。

1988年3月、京都府立医科大学医学部医学科卒業。

1988年5月、医師免許を取得。

 

1989年8月末、周囲の反対を押し切り退職し出家。

1995年、自ら申請して医師免許取消処分

(自ら申請というのは前例がなかった)

 

【関係した事件】

(計11件25人の殺人に関与)

  • 坂本堤弁護士一家殺害事件(殺人罪)
  • 薬剤師リンチ殺人事件(殺人罪)
  • 滝本太郎弁護士サリン襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 松本サリン事件(殺人罪、殺人未遂罪)
  • 駐車場経営者VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 会社員VX殺害事件(殺人罪)
  • 被害者の会会長VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 公証人役場事務長逮捕監禁致死事件(逮捕監禁致死罪、死体損壊罪)
  • 地下鉄サリン事件(殺人罪、殺人未遂罪)
  • 新宿駅青酸ガス事件(殺人未遂罪)
  • 東京都庁小包爆弾事件(爆発物取締罰則違反、殺人未遂罪)

 

地下鉄サリン事件後、井上嘉浩小池泰男

豊田亨富永昌宏らと共に八王子市のアジトに

逃亡。

 

松本智津夫の捜査撹乱命令を受けて爆薬RDX

製造。

 

1995年5月16日、東京都庁小包爆弾事件

起こし、同年5月17日に逮捕。

 

「オウム真理教家族の会」の永岡弘行会長に

よると、

中川も獄中で短歌を作っている。
彼とも何度か会い、同年3月4日にも接見してきました。
彼のお母さんとはよく連絡をとりあうんですが、彼のお父さんは病気らしく、お母さんはちょっと面会に来れないんだよということを伝えてあげました。
彼はうなずいていました。

とのこと。

 

2011年11月18日、死刑が確定。

2018年7月6日死刑執行。

 

土谷正実(つちやまさみ/2018年7月6日死刑執行)

生年月日:1965年1月6日

出身地 :東京都町田市

死没  :2018年7月6日(53歳没)

入信  :1989年4月22日

ホーリーネーム:クシティガルバ

ステージ   :正悟師

教団での役職 :厚生省次官 → 第二厚生省大臣

土谷正実の顔写真

東京都立狛江高等学校

一浪して1984年、筑波大学第二学群農林学類

進学。

 

その後、博士課程に進んだのですが、オウムの

修行を優先させ中退してしまいます。

 

サリンやVXガスの生成、LSDの合成における

中心人物でもあり、中川智正遠藤誠一らとともに

教団での薬物密造に関与していました。

 

2006年の控訴審は、控訴を棄却して死刑判決を維持。

2009年12月、2006年夏から接見・手紙のやり取りを

していた女性と獄中結婚しています。

2011年、最高裁第3小法廷は被告側の上告を棄却。

 

【関係した事件】

  • 幻覚剤PCP密造(麻薬取締法違反)
  • 松本サリン事件(殺人幇助など)
  • 駐車場経営者VX襲撃事件(殺人未遂)
  • 会社員VX殺害事件(殺人)
  • 被害者の会会長VX襲撃事件(殺人未遂)
  • 地下鉄サリン事件(殺人、殺人未遂)
  • 手配信者の隠匿(犯人蔵匿)

 

死刑囚6人と接見した「オウム真理教家族の会」の

永岡弘行会長によると、

拘置所の土谷は最初は何も話さなかったが、やがて「後悔している。両親に会いたい」ということを言いだした。
それで、うちの家内が土谷の母親に会いに行ったんですが、「あの子には会いたくない」とおっしゃった。
その後、土谷には彼女ができて、獄中結婚しました。
戸籍上結婚していないと、会うこともできないんですね。
彼女とも私は長時間話をしたことがあります。
結婚生活は3~4年は続いたが、彼女からある日、「アメリカへ行きます」と電話がかかってきた。
数年前に離婚したようです。

 

死刑確定直前の2011年2月には報道各社に手記を

寄せ、松本智津夫に対してこう語っています。

個人的な野望を満足させるため、弟子たちの信仰心を利用しながら反社会的行動に向かわせ、多くの命が奪われたことに対し、教祖としてどのような考えを持っているのか、
詐病をやめて述べてほしい。

 

2018年7月6日、死刑執行。

7月9日に多磨葬祭場で火葬され、遺骨は妻が

引き取ったということです。

 

遠藤誠一(2018年7月6日、東京拘置所にて死刑執行)

生年月日:1960年6月5日

出身地 :北海道札幌市

死没  :2018年7月6日(58歳没)

入信  :1987年3月

ホーリーネーム:ジーヴァカ

ステージ   :正悟師

教団での役職 :第一厚生省大臣

遠藤誠一の顔写真

北海道札幌北高等学校卒業

愛犬の病気を獣医に治療してもらったことから

獣医を志し、帯広畜産大学畜産学部獣医学科

進学。

 

のち、分子生物学に関心を持ったことを契機に

遺伝子工学の研究をはじめる。

専攻は遺伝子工学、ウイルス学。

 

1987年3月にオウム神仙の会に入信。

1988年11月9日、博士課程中退とともに、

オウム真理教に出家。

 

【関係した事件】

  • 宮崎県資産家拉致事件(犯人隠匿罪)
  • チオペンタールナトリウム密造事件(薬事法違反)
  • LSD、覚醒剤、メスカリン密造事件(覚せい剤取締法・麻向法違反)
  • 松本サリン事件(殺人罪、殺人未遂罪)
  • 地下鉄サリン事件(殺人罪、殺人未遂罪)
  • 駐車場経営者VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 滝本弁護士サリン襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 池田大作サリン襲撃未遂事件(立件なし)

 

第一審、控訴審ともに死刑判決が下されました。

2011年11月21日、上告棄却、死刑判決が確定。

2018年7月6日、死刑執行。

 

横山真人(よこやままさと/2018年7月26日、名古屋拘置にて死刑執行)

生年月日:1963年5月16日(55歳没)

出身地 :神奈川県伊勢原市

入信  :1988年2月

ホーリーネーム:ヴァジラ・ヴァッリィヤ

ステージ   :正悟師

教団での役職 :科学技術省次官

横山真人の顔写真

1986年、東海大学工学部応用物理学科卒業。

応用物理学を学び、太陽電池などのクリーンエネ

ルギー開発を専攻。

卒業後は沖電線へ就職。

 

自分の製作した機械が導入されることによって、

「合理化でリストラが行われるるのでは」などと

考え、漠然と生きることに対する虚しさを感じて

いたところにオウム真理教と出会い入信。

入信を機に退職し、1989年5月15日に出家します。

 

村井秀夫の運転手や、機械の修理などをしていま

したが、教団の武装化路線に伴いAK-74自動小銃

の製造を任されました。

 

人付き合いを好まずワークに篭りがちで、世間話

も一切しないで作業に取り組んでいたといいます

 

松本サリン事件が起きたことや、自分の所属する

科学技術省の次官が誰かも知らなかったそうです。

 

やがて「科学技術省」次官の一人となりを、教団

の武装化で自動小銃の密造に従事。

 

教団内でのステージは師長でしたが、地下鉄サリ

ン事件3日前の尊師通達で正悟師に昇格。

 

31歳で、地下鉄サリン事件の散布実行役を担って

いました。

 

32歳の誕生日当日に逮捕されています。

 

【起訴された事件】

  • 地下鉄サリン事件
  • 自動小銃密造事件

一審の死刑判決後、弁護団に

死刑の方が被害者に納得してもらえる

と述べたといいます。

 

サリンを散布した車両では死者がでなかったのですが、

共同正犯として裁かれ、2007年7月20日に死刑が確定。

2018年7月26日、死刑執行。

 

早川紀代秀(はやかわきよひで/2018年7月6日、福岡拘置所で死刑執行)

生年月日:1949年7月11日

出身地 :兵庫県川西市

死没  :2018年7月6日(68歳没)

入信  :1986年4月

ホーリーネーム:ティローパ

ステージ   :正悟師

教団での役職 :建設省大臣

大阪府立三国丘高等学校を経て神戸大学農学部

バイオを学び、大阪府立大学大学院では

緑地計画工学を専攻。

学生運動にも参加し公安にマークされていました

 

修了後、鴻池組に勤務。

1979年11月結婚。

1980年、公金横領が発覚しクビになっています。

 

1984年、阿含宗に入信。

同年4月にオウム神仙の会に入会。

1987年11月1日に出家。

 

教祖の松本智津夫よりも年上で信頼も厚く、

裏のトップと言われていました。

松本智津夫すら叱っていたそうです。

 

1995年4月19日、TBS『ニュース23』の取材を

受けた後、建物侵入罪で逮捕されました。

 

第一審で死刑判決。

控訴・上告はともに棄却。

 

上告中に『私にとってオウムとは何だったのか』

という著書を出版し、

死刑が確定すれば、死んでおわびをいたします。

と記しています。

 

 

その後は瞑想(めいそう)をしたり知人と面会

したりして日々を過ごしていたそうです。

 

【起訴された事件】

  • 男性信者殺害事件
  • 坂本堤弁護士一家殺害事件
  • サリンプラント建設事件(殺人予備罪)
  • LSD密造事件

 

2009年7月17日、死刑が確定。

2018年7月6日、死刑執行。

 

新実智光(にいみともみつ/2018年7月6日、大阪拘置所内で死刑執行)

生年月日:1964年3月9日

出身地 :愛知県岡崎市

死没  :2018年7月6日(54歳没)

入信  :1986年

ホーリーネーム:ミラレパ

ステージ   :正大師

教団での役職 :自治省大臣

新実智光の顔写真

岡崎市内の小学校、中学校、愛知県立の高校を

卒業。

 

生まれつきの口唇口蓋裂に苦しみ、いじめに

遭っていたそうです。

 

さらに高校生時代、地元の東岡崎駅で目撃した

2度の自殺事故に衝撃を受け、「死とは何か」を

考え、精神世界に興味をもつようになり、

多くの宗教団体に入信していました。

 

学生時代は、その風貌から「空海」というあだ名

をつけられたこともあったそうです。

 

愛知学院大学卒。

1986年の、オウム真理教の最初に開かれたセミナー

から出席し、宮前一明や大内利裕と並ぶ古株でした。

 

第一審・控訴審と死刑判決を受け、

上告は2010年1月19日に棄却。

 

2月16日、判決に対する最高裁への訂正申し立ても

棄却され死刑が確定。

 

【関係した事件】

  • オウム真理教男性信者殺害事件(殺人罪)
  • 坂本堤弁護士一家殺害事件(殺人罪)
  • 松本サリン事件(殺人罪、殺人未遂罪)
  • 薬剤師リンチ殺害事件(殺人罪)
  • 男性現役信者リンチ殺人事件(殺人罪)
  • 駐車場経営者VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 会社員VX殺害事件(殺人罪)
  • 被害者の会会長VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 地下鉄サリン事件(殺人罪、殺人未遂罪)
  • 公証人役場事務長逮捕監禁致死事件(犯人隠匿罪・隠避罪)
  • 信徒監禁事件(監禁罪)
  • 池田大作サリン襲撃未遂事件(立件なし)

 

林泰男(はやしやすお=現:小池泰男/2018年7月26日、仙台拘置支所にて死刑執行)

生年月日:1957年12月15日(60歳没)

出身地 :東京都小平市

入信  :1987年

ホーリーネーム:ヴァジラチッタ・イシディンナ

ステージ   :正悟師

教団での役職 :科学技術省次官

林泰男の顔写真

国鉄職員の次男として生まれましたが、

中学校3年生時に高校受験のため戸籍謄本を

取り寄せた際、父親が朝鮮籍で1959年(林が2歳)

の頃に帰化していた事実を知り、自身も帰化。

 

それにより、日本社会の朝鮮人を蔑視する風潮や

偏見が自分の心にも存在していたことに対し、

苦悩するようになります。

 

1974年1月、國學院大學久我山高等学校を中退。

(校則が厳しかったため)

東京都立立川高等学校定時制に入学。

在学中に電気工事士の資格を取得。

 

1983年に工学院大学二部電気工学科で人工知能を

研究、

卒業後は4年間世界各地を旅行する

 

1987年5月、オウム神仙の会に入信

1988年12月6日、出家。

 

1995年3月の地下鉄サリン事件では、唯一サリン

パックを3つ携帯して、散布した車両で最も多い

8人の死者を出したため、マスコミに

殺人マシーン」のあだ名を付けられました。

 

事件後は逃亡を続けていましたが、

1996年12月3日、沖縄県石垣市で逮捕。

 

【起訴された事件】

  • 薬剤師リンチ殺人事件(殺人罪)
  • 駐車場経営者VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 会社員VX殺害事件(殺人罪)
  • 被害者の会会長VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 公証人役場事務長逮捕監禁致死事件(逮捕監禁致死罪、死体損壊罪)
  • 島田裕巳宅爆弾事件(爆発物取締罰則違反)
  • オウム真理教東京総本部火炎瓶事件(火炎瓶の使用等の処罰に関する法律違反)
  • 地下鉄サリン事件(殺人罪、殺人未遂罪)
  • 新宿駅青酸ガス事件(殺人未遂罪)
  • 東京都庁小包爆弾事件(爆発物取締罰則違反、殺人未遂罪)

 

死刑囚6人と接見した「オウム真理教家族の会」の

永岡弘行会長がこのようにおっしゃっています。

林泰男は私が接見したときは何もしゃべらなかったんですが、公判ではよくしゃべります。
彼は古参の信者だったから、母親もいい年なんですよ。
私どもの会合など、いろんな会合に顔を出しておられたのですが、健康状態がすぐれないようで、最近はあまりお見かけしなくなりました。

 

オウム被害対策弁護団の滝本太郎弁護士は、

面会した時のことをこう語っています。

少しはずるかったり危ない人であって欲しかったのですが、面会してみればいい青年なんです。
参ったです。
彼に対する一審死刑判決で異例のことに「およそ師を誤まるほど不幸なことはなく、この意味において、被告人もまた、不幸かつ不運であったと言える」とあるのは、そのとおりでした。

 

麻原4女との手紙の中で、

歳だけジジイだけどサ、心はピッカピカの青年のまま

と書いていたそうです。

 

2008年2月15日、死刑が確定。

2018年3月14日付で、仙台拘置支所に移送されて

いました。

2018年7月26日、死刑執行。

 

井上嘉浩(いのうえよしひろ/2018年7月6日午前、大阪拘置所で死刑執行)

生年月日:1969年12月28日

出身地 :京都府京都市右京区

死没  :2018年7月6日(48歳没)

入信  :1986年

ホーリーネーム:アーナンダ

ステージ   :正悟師

教団での役職 :諜報省長官

逮捕され車でいそうされる井上嘉浩

幼少期に、NHKの新宗教と若者をテーマにした

ドキュメンタリー番組に出演したことがある。

 

母は自殺未遂をしたことがあり、父とも折り合い

が悪く、武道、ヨーガ、阿含宗を経て高校2年の頃

(1986年)にオウム神仙の会のセミナーに参加。

松本智津夫を理想的な親のように感じていたと

いいます。

 

1988年、京都の私立洛南高等学校を卒業。

同年3月1日に出家。

 

日本文化大学法学部へ入学するが松本の指示で

中退。

その後母親もオウムの在家信者となっています。

 

一連のオウム真理教事件に関与し、新宿駅青酸

ガス事件、東京都庁小包爆弾事件には首謀者と

して関わっています。

  • 薬剤師リンチ殺人事件(殺人罪)
  • 駐車場経営者VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 会社員VX殺害事件(殺人罪)
  • 被害者の会会長VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 公証人役場事務長逮捕監禁致死事件(逮捕監禁致死罪、死体損壊罪)
  • 島田裕巳宅爆弾事件(爆発物取締罰則違反)
  • オウム真理教東京総本部火炎瓶事件(火炎瓶の使用等の処罰に関する法律違反)
  • 地下鉄サリン事件(殺人罪、殺人未遂罪)
  • 新宿駅青酸ガス事件(殺人未遂罪)
  • 東京都庁小包爆弾事件(爆発物取締罰則違反、殺人未遂罪)

 

2010年1月12日に死刑が確定。

2018年3月15日、「死刑回避のためではなく、

事実は違うことを明らかにしたい」と東京高裁に

再審を請求しました。

 

岡﨑一明(おかさきかずあき/2018年7月26日名古屋拘置所にて死刑執行)

名古屋拘置所=愛知県名古屋市東区白壁

現在の姓は宮前

生年月日:1960年10月8日(57歳没)

出身地 :山口県美祢市

入信  ;1985年

ホーリーネーム:マハー・アングリマーラ

*男性の弟子では初の大師

ステージ   :大師

*教団が省庁制を採用する前に脱走したため、

役職はなし。

岡﨑一明の顔写真

【姓】

  • 出生時の姓は岡﨑
  • 幼少期~オウム時代の姓は佐伯
  • 逮捕時の姓は岡﨑
  • 死刑執行当時の姓は宮前

未熟児で生まれた10か月後に、実母が養育放棄で

失踪。

 

1年後、2歳3ヶ月で佐伯家へ養子に出されました。

岡﨑はショックで4歳頃まで言葉の発達が遅れ、

飼い犬とよく遊んでいたといいます。

 

幼少の頃から人のオーラが分かり、よく見え、

空気中のプラーナを追ってはしゃいでいた

そうです。

 

養母は宗教遍歴があり、津和野稲荷の信者。

養父も創価学会に入信。

 

1979年、山口県立小野田工業高等学校工業計測科

(現・電子計測科)卒業。

 

製造業社勤務、学習教材の営業、健康食品代理店

勤務、製薬会社勤務などを経ながらも精神世界に

興味を持ち続け、松本智津夫に出会いました。

(営業成績はかなりよかったようです)

 

【起訴された事件】

  • 男性信者殺害事件
  • 坂本堤弁護士一家殺害事件

 

坂本弁護士一家を殺害した翌年の1990年2月10日、

選挙資金3億円を持ってオウムから脱会し、

宅配便で友人宅に預けようとしますが、

早川らにより取り戻されています。

 

地下鉄サリン事件が起きたのちに神奈川県警に

自首。

 

オウム脱退後は故郷の山口県で学習塾を開いて

いました。

 

1995年4月、在家信者死亡事件、坂本弁護士事件、

男性信者殺害事件の犯行を自供。

 

公判では自首による減刑の有無が争点に。

自首の成立は認められますが、「責任はあまりに

も重く、極刑を持って臨まざるを得ない」として、

死刑を宣告されました。

 

自首による刑の軽減が適用されなかった理由

として

  • 自首する機会があったにもかかわらずなかなか自首しなかったこと、
  • 自首の動機が罪の意識からではなく、脱走した教団から自分の身を守るためであったこと
  • 遺族が極刑を望んだこと

が上げられています。

 

2005年4月7日に死刑が確定。

2018年7月26日に執行。

 

端本悟(はしもとさとる/2018年7月26日、東京拘置所にて死刑執行)

生年月日:1967年3月23日(51歳没)

出身地 :東京都調布市

入信  :1988年7月

ホーリーネーム:ガフヴァ・ラティーリヤ

ステージ   :師長

教団での役職 :自治省

東京都立狛江高等学校卒業後、一浪して

早稲田大学法学部に入学。

 

1988年春、オウム真理教に入信した友人を奪回

させるために説得しているうちに、自身が感化

され、同年7月に3年生で入信。

 

12月31日には大学を3年で退学し、両親の猛反対

を振り切って出家。

 

空手サークルに入っていたことから「警備班」に

配属され、松本智津夫死刑囚のボディーガードを

任されていました。

 

弁護士一家殺人事件では坂本堤弁護士を殴打した

ほか、松本サリン事件では散布車の運転役を担い

ました。

 

1994年12月、富田隆とその恋人(オウムシスター

の長女)の脱走を手引きしています。

自身も恋人(オウムシスターズの次女)、中村昇

中村の恋人と4人で逃走していましたが、

1995年7月9日、埼玉県大宮市(現:さいたま市)

のウィークリーマンションで中村昇とともに逮捕。

 

1996年2月、祖母が亡くなったことをきっかけに

教義と決別し、それまで「殺したのではなく救済

した、宗教的意義があった」と自身に言い聞かせ

ていた坂本事件が救済ではなく殺人、犯罪である

と理解したのです。

 

【起訴された事件】

  • 坂本堤弁護士一家殺害事件
  • サリンプラント建設事件
  • 松本サリン事件
  • 江川紹子ホスゲン襲撃事件

 

 

法廷では事件について極刑を覚悟で率直に語って

います。

 

「オウム真理教家族の会」の永岡弘行会長が面会

された時のことをこのようにおっしゃっています。

端本君と接見したときには、拘置所の中でうちひしがれている感じでしたね。
死にたいみたいなことを言うので、「そういうことはまかりならん」と、言っておきました。

 

2007年10月に死刑が確定。

2018年7月26日、死刑執行。

松本智津夫(麻原彰晃)の嫁や子供の現在!同時に死刑となった幹部は?(2)

女性信者達(オウム真理教)の経歴!関わった犯罪や現在は?(画像あり)

まとめ(1)

脱洗脳カウンセラーの脳機能学者・苫米地英人

によると、

サリン事件は、オウムにとって“ヴァジラヤーナ”という教義に基づき、教えを実践したまでのこと。
麻原は最終解脱者で、他人の魂を解脱させて転生することができ、人々はカルマ(悪業)を積んでいるから、苦しめば苦しむほど、より良い転生ができる。
つまり、サリンをまいて苦しめて殺すことが、人のためという危険な教義だったのです。

だそうです。

 

重罪を免れ、社会復帰した一部の幹部らについて

は今も確信犯とみているそうです。

なぜなら、麻原を否定しても、ヴァジラヤーナを

全く否定していない」から。

やはり、オウムに対し、破壊活動防止法で組織を壊滅させるべきだったと思います。

麻原の死刑が執行され、神になるだけ。
オウムの闇は今も解明されていないことが多いのです。

 

しかし未解決事件を掘り起こしてほしくない人がいる

ようだと指摘。

 

問題がなかったことのように、闇に葬られようとして

いると言います。

 

次回は松本智津夫の妻や子供たちについて

追っていきます。

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