川内優輝の引退説と両親を調査!練習方法(メニュー)や場所が気になる!

川内優輝の引退説と両親を調査!練習方法(メニュー)や場所が気になる!

川内優輝の顔写真

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「最強の市民ランナー」ご存知ですか?

「最強の公務員ランナー」だと、きっと多くの

方が知ってますよね。

 

埼玉県庁勤務の川内優輝さん、30歳。

「日本男子最速の市民ランナー」とも言われて

います。

 

日本代表を辞退すると宣言されたのはちょっと

さみしかったんですが、第71回福岡国際マラソ

ン選手権大会だけじゃなく、元日の「マーシュ

フィールド・ニューイヤーズデイ・マラソン」

にも参加すると聞いて、「これはもしかすると

代表復帰するかも!?」と密かに喜んでしまう

のは、私だけ?

川内優輝さんのプロフィール

りたさん(@ritaro_77)がシェアした投稿 – 生年月日:1987年03月05日生まれ


年齢:30歳

出身地:東京都世田谷区生まれ、
埼玉県北葛飾郡鷲宮町(現:久喜市)

身長:175cm

体重:62kg

趣味:漫画を読むこと
(陸上競技を題材とした漫画を集めている。

長距離マンガなら日本で有数のコレクターだと思う

2011年世界陸上では漫画持参で現地入りした。

所属:埼玉県庁
出向で春日部高校で事務
2014年4月〜埼玉県立久喜高等学校定時制で事務

好きな言葉:現状打破

自己ベスト:2時間8分14秒( 2013ソウル国際マラソン)

 

学歴

中学校 :埼玉県久喜市立鷲宮中学校

高校  :埼玉県立春日部東高等学校

大学  :学習院大学法学部政治学科
(高3の時にケガで走れなくなり、大学は箱根駅伝
の事を考えずに選んだそうです。
ところが関東学連選抜の選手として箱根駅伝に2
度出場、学習院大学の在学生としては史上初!)

 

家族

父 川内葦生(あしお)さん

島根県隠岐島の出身。

高校時代はアマチュアボクサーとして国体に出場。

優輝さんのことを、精神的にも支えてくれていたそ

うです。

2005年2月(川内さん高校3年)、心筋梗塞で亡くなら

れました。

 

母 川内美加さん

1964年5月生まれ、53歳。

中学・高校は陸上部で、長距離走をしていたそう

です。

駅伝が大好き。

 

優輝さんがマラソンを始めたきっかけは、小学1年

のとき、お母さんが優輝さんに知らせずに、マラ

ソン大会に応募したこと。

母が課す練習はもはや一種の虐待でした(苦笑)。

それを最も忠実にこなしたのが長兄の優輝でした。

小学1年生の頃から、毎日1500mなどの『タイムトライアル』がある。

自己記録更新ができないと罰ゲームでもう1本。

巨人の星、陸上版でした(笑い)。

と、弟の川内鴻輝さん。

 

見ていた人が「虐待じゃないか?」と注意したら、

「うちの教育方針ですから」とおっしゃっていた

そうです。

 

これだけを聞いたら、「ひどい!」と思いそうで

すが、兄弟三人ともマラソンを続けているわけで

すから、心の絆はしっかり繋がっているんですね。

美加さんも、今でも市民ランナーだそうですよ。

 

次男は、川内鮮輝(かわうち よしき)さん。

1990年11月8日生まれの27歳。

春日部東高校國學院大學で長距離の選手でした。

 

共立印刷に就職し、営業マンになっています。

市民マラソンに積極的に参加していて、

「営業マンランナー」と呼ばれています。

 

三男は、 川内鴻輝(かわうち こうき)さん。


1992年9月8日生まれの25歳。

優輝さんにそっくりですね!

背が180cmもある、ビッグな6歳年下の弟です。

 

高校は花咲徳栄高校、大学は高崎経済大学

卒業後に一時期アルバイトをしながら走っていて、

バイトランナーと呼ばれていました。

 

2015年4月に株式会社モンテローザに就職し、スポ

ーツ宴会獲得チームに所属しているそうです。

やっぱり今も走っていて、「いつか兄を超えたい」

と思っているそうです。

 

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実業団に入らなかった訳

駅伝ランナーのイラスト

実業団には負けたくない。

いつも『死んでもいい』という思いで走りますから。

 

川内さんが大学卒業後、陸上の実業団には入らず

に、当時まだ陸上部のなかった埼玉県庁に入庁し

たのはなぜなんでしょう?

 

過去に何度も実業団の強豪チームからスカウトさ

れいるにもかかわらず、「今のスタイルで結果が

出ているから」と断ってる川内さん。

 

川内さんが東京マラソン2011で、日本男子トッ

プの3位に入ったことは、実業団主導の日本男子

マラソン界に大きな衝撃を与えました。

 

実は「実業団ランナー」システムは世界的には珍

しいんです。

 

日本のマラソン界は「実業団選手」である、企業

の陸上部所属のランナーがリードしています。

実業団にはいると、業務は多くても午前中だけで、

「走る」ことこそメインの仕事。

 

会社のサポートがあって、選手たちは走ることに専

念できます。

 

それがないと、資金と生活のために働くことが必要

になります。

 

ウェアやシューズ、GPS時計とか、レース参加費・

交通費、練習の遠征費とか、レースにエントリーす

るのも費用がかかります。

海外のレースだってありますしね。

 

フルタイムで働く川内さんは、実業団ランナーに比

べれば当然、練習量は少なくなります。
(残業もあるとか)

 

では天才なのかと思いきや、川内さんは自分につい

て「才能なんてなかった」とおっしゃっています。

春日部東高校は埼玉でも陸上の強豪校なんですが、

川内さんは故障にずいぶん悩まされていました。

 

そのためマラソンでは無名の学習院大学に入り、

故障だけはしないように気をつけていたのです。

強豪校の練習で伸びなくても、自分に合った練習スタイルさえ見つけることができれば成長できる。

僕はより多くの選手に可能性を追ってほしいこともあり、いろんなことに挑戦しています。

 

練習量が少ないことについても

練習量が多すぎると疲れた状態でトレーニングをすることになり、走り過ぎでバネもない。

けがのリスクも高く、練習効果も低い。

それぐらいだったら練習量を抑えて、それぞれの練習効果を高め、試合を練習化していった方がいい。

と、自分なりの方法を見つけ出しているようです。

 

400mハードル日本記録保持者の為末 大さんは、

僕にとって、彼は独学の人である。

なぜこれほど目立ち活躍できるのかという背景には、市民ランナーということもあるだろうけど、自ら学ぶ人がスポーツ界に少ないことを意味しているのではないか。

彼は陸上界にとってもはや『きわもの』ではなく、新しいスタンダードを生み出しつつある。

とおっしゃっています。

 

”効率”を考え、自分を客観的に見ている川内さん

ですが、反面、フルマラソンでは常に全身全霊で

力を振り絞り、ゴール直後は意識朦朧の状態で倒

れ込んで医務室へ運ばれる事が多いのも魅力の一

つ。

本当は医務室とはお世話にならない選手になりたいのですが、100%近く力を出し切らないと勝負にならないので

 

練習と本番をうまく使い分けていると言えるのか

もしれません。

 

練習方法

“川内メソッド”とも言われている、川内優輝さん

の練習方法を探ってみます。

場所

荒川河川敷
自宅周辺が練習場所だそうです。

2012年3月31日には、藤原新さん(マラソン選手)

からの誘いで、埼玉県の荒川沿いの河川敷で合同

練習を公開していました。

 

練習内容

実業団選手なら月間走行距離1000km以上の選手

もいますが、川内さんは600kmほど。
  • ポイント練習は水曜日と土曜日の2回だけ、集中してやる
  • 水曜日はスピード練習(400m1kmのインターバル走など)
  • 土曜日が距離走(3043kmのペース走やビルドアップ走など)
  • あとの5日間はすべてジョグ。
というのが、練習メニューだそうです。

 

津田誠一監督の教え

川内さんのこれらの練習は、津田誠一監督の教え

を今でも守っているとも言えます。

 

学習院大学で出会ったのが津田誠一監督でした。

私の指導(練習)法は、当時も今も、週2回だけ集中して走力を強化する「ポイント練習」が軸。

その他の日は、基本的に疲れを抜きながらジョッグをするというシンプルな内容です。

という津田誠一監督の練習法は、メリハリを重視

するもの。

 

具体的には、水曜に「スピード練習」(インターバ

ル走やペース走)、土曜に「距離走」(20〜30㎞)。

日曜に本命レースがある場合は土曜を調整にあて

たり、本命レースではなくても練習代わりにレー

スに出場したりと、いくぶん変則的です。

 

ランナーは自分の最低ペースというものを知っておくことが大切です。

マラソンランナー達の足元
最低ペースというのは、レース中にどれだけ苦し

くなっても、それ以上はペースダウンすることな

く走れるペースのこと。

 

最低ペースを底上げすることが津田監督の練習の

目的であり、マラソンランナーが強くなるポイン

トだそうです。

 

最低ペース底上げには、スピード練習でも距離

走でも、最初から最後まで一定ペースを保つこと

が必要です。

 

*ランニングフォームを乱さない

*膝のクッション性を保ちながら柔らかい走りをする

この2つを意識しながら練習することが大事だそう

です。

 

ジョッグは基本的に疲れを抜くことが目的なので、ゆったりしたペースで、自分自身の体と相談しながら、自問自答を繰り返すことが大切ですし、そうやって自分で試行錯誤したほうがランナーとして伸びるというものです。

マラソンで速くなるには練習内容も大切だけど、

故障しないようにすることが何と言っても大事。

 

高校時代に故障で苦しんだ川内さんにとって、

津田監督の教えは「目から鱗」だったに違いあり

ません。

 

私の練習法は、頑張りすぎない“”走りを楽しむがモットーです。

川内にも、よく「頑張るな」「頑張るな」と声をかけたものです。

 

一般の市民ランナーでも、二人に一人は故障があ

るといいます。

 

何をするにも身体が資本ですよね。

走れなくなっては元も子もないんですから。

 

津田監督は、

多くの市民ランナーは、通り一遍のジョッグをしたり、必要以上に高強度の強化練習をこなしたりして、練習の効率がよろしくありません。

ともおっしゃっています。

 

短距離でも、笑顔で走ったほうがタイムがいいと

聞いたことがあります。

 

いらないところの力を抜く、ということみたい。

「根性論」は苦しいだけで結果を生まないという

ことかな。

 

子供の頃は私も運動部だったけど、うさぎ跳びや

ら水は飲むなやら、根性のオンパレードだった気

がする。

 

試合数が多い

トップ選手が年1〜2レースなのに対し、川内さん

は年10回のフルマラソンに出場しています。

 

試合は究極のトレーニングなんだとか。

 

マラソンは経験が必要な種目で、レース展開へ

の対応やペース配分など、長くやってみなけれ

ばわからないことがあるとのこと。

 

マラソンランナーとして成熟する一番の近道は、

試合経験を重ねていくことだそうです。

 

ついでですが、川内さんのレース前の食事は

”カレー”だそうですよ。

イチロー選手みたいですね。

 

引退?

疲れて寝ている子犬
世界陸上ロンドン大会からの帰国後、川内さんは

今後は日本代表という立場ではなく、自分の時間の中で海外の試合に多く出ていきたいと思います。

好きな大会で好きなだけ走り、これからも自分を追い込んでいきます。

と、日本代表にはならないことを宣言しました。

 

燃え尽き症候群ともいわれています。

 

でも上尾シティマラソン・ハーフの部に出場すると

大学生の頃の熱い気持ちが戻ってきた

と、マラソンへの情熱が戻ってきた様子。

 

夢は「6大陸のマラソン大会出場」

まだ走っていないのは南米大陸だけです。

どんなレースでもいいから出たいそうです。

 


さらに、2024年のパリ五輪での代表復帰を狙うとも。

 

実のところ、川内優輝さんは暑さが苦手。

酷暑が予想される2020年の東京五輪には出なくて

も、比較的涼しいパリ五輪には出場したいようです。

 

24年に僕は37歳になるけど、実業団選手に比べて練習の走行距離が半分くらいだから、体がすり減っていない。力を保っていると思う。

世界にはカルロス・ロペスという例もある


 

カルロス・ロペスとは1984年のロサンゼルス五輪

に、男子マラソン最高齢の37歳で五輪を制した

ポルトガルの伝説的ランナーのことです。

なんとも頼もしい言葉!

 

川内さんは、「陸上界のレジェンド」になってく

れるかもしれませんね!

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まとめ

”走る公務員”川内優輝さんが日本代表を辞退し

たと聞いたときはとても残念だったのですが、

また元気になってくれたみたいです。

 

炎天下の東京で走らなくたっていいよ!

パリでぜひとも走ってほしいです。

 

最後に為末大さんの言葉をのせておきますね。

常識とは何だ。

本当にいいトレーニングとは何だ。

自問自答しながら彼は走り続けるだろう。

そしてチャレンジするたびに、何かを学んで成長していく。

自ら考え、学べる選手を作る。

それが今スポーツ界が面しているさまざまな問題を解決する上で一番、重要なことだと思う。

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