山縣亮太は筋肉がヤバい(画像あり)!怪我の具合と中学時代を調査!

スタートしようとしている山縣亮太


怪我に悩まされながらも記録を出す山縣亮太さん

、その精神の強さにぐっときちゃいます!

2016年リオデジャネイロオリンピック4×100m

リレーでの銀メダルは、見ていて震えがきました。

 

今年も怪我で休んでいた後に、桐生祥秀(東洋大

4年)さんが9秒98の日本記録を出してわずか2週

間後(9月24日)に10秒00を出してしまうんですか

ら。

 

追い風0.2mだったということで、もっと良い

追い風が吹いていたら、9秒9台にさえ相当する

タイムだったそうです。

 

なかなかイケメンでもある山縣さんですが、中学

時代はどんな少年だったのか、また怪我との戦い

の歴史を調べてみたいと思います。

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 山縣亮太さんのプロフィール

生年月日:1992年6月10日(25歳)

出身地 :広島県広島市西区
(祖父が広島で被爆しているため、山縣亮太さん
被爆3世です)

身長  :177cm

体重  :74kg(70kgとも書かれています)

所属    :セイコーホールディングス社員(2015年入社)

 

  • 自己ベスト
    100m:10.00(2017.9 全日本実業団対抗選手権)
    200m:20.41(2013.5 関東インカレ)

 

  • 主な代表歴
    オリンピック(16リオ、12ロンドン)
    世界選手権(13モスクワ)
    アジア大会(14仁川)

成績

  • オリンピック
    100m 準決勝11位 (2016年)
    4x100mR 2位 (2016年)
  • 世界選手権 100m 予選22位 (2013年)
  • 地域大会決勝 アジア大会
    100m 6位 (2014年)
    4x100mR 2位 (2014年)

国内大会決勝

  • 日本選手権
    100m 優勝 (2013年)
    200m 6位 (2011年)

●最高世界ランク 100m 20位 10秒00 (2017年)

  • 自己ベスト
    60m 6秒62
    100m 10秒00(+0.2)
    200m 20秒41(-0.5)

獲得メダル

  • オリンピック
    銀 2016 リオデジャネイロ 4×100mR
  • アジア競技大会
    銀 2014 仁川 4×100mR
  • 東アジア競技大会
    金 2013 天津 4×100mR
    銀 2013 天津 100m
  • ユニバーシアード
    銀 2013 カザン 100m
    銀 2013 カザン 4×100mR
  • 世界ユース陸上競技選手権大会
    銅 2009 ブレッサノーネ 1000mR

 日本男子100mトップ10

  1. 9.98(+1.8)    桐生祥秀(東洋大)   2017.9.9
  2. 10.00(+0.2) 山縣亮太(セイコーH) 2017.9.24 
  3. 10.00(+1.9) 伊東浩司(富士通)   1998.12.13
  4. 10.12(+2.0) 朝原宣治(大阪ガス)  2001.7.13
  5. 10.03(+1.8) 末續慎吾(ミズノ)   2003.5.5
  6. 10.05(+0.6) サニブラウン・ハキーム(東京陸協)2017624
  7. 10.07(+1.9) 江里口匡司(早大)   09.6.28
  8. 10.07(+1.8) 多田修平(関学大)  2017.9.9
  9. 10.08(+1.9) 飯塚翔太(ミズノ) 2017.6.4
  10. 10.08(+0.9) ケンブリッジ飛鳥(ナイキ)2017.6.23

 

今年になって、続々記録が出ているんですね!

オリンピックの決勝に残ることができる方々が

多いと、応援するのも楽しいです。

東京オリンピックは短距離走も見ものになりそう

ですね!

 

 学歴

小学生時代

子供の頃からスポーツ少年で、小学生の時は

サッカーと野球と陸上を掛け持ちでやっていた

そうですが、お兄さんの影響で、4年から為末大

さんが所属していた陸上クラブで本格的に陸上を

始めます。

 

5年生からは陸上に専念し、全国大会では100m

で8位に入賞しました。

 

中学校時代

広島修道中学校

290年の歴史がある中高一貫校で、レベルがとても

高い学校です。

特に政界、官界、財界、医療界で活躍する卒業生が

多いことで知られています。

学校がかかげる校風は「責任ある自由」で、頭髪や

装飾品など風紀についての大部分を生徒の良識に

委ねるなど自由な校風。

そのぶん自己責任も問われることになります。

 

山縣亮太さんの精神の基礎は、ここで養われたので

はないでしょうか。

 

のちに慶應義塾大学に進学する理由も、原点はここ

だったように思われます。

 

陸上では100mと400メートルリレーで全日中に出場

しています。

 

高校時代

広島修道高等学校

1年時は大分国体少年B100mで優勝。

2009年(2年生)、世界ユース陸上競技選手権大会
の100mで4位入賞、メドレーリレーでは銅メダル
を獲得。

インターハイ終了後に

慶應競走部の自由な競技環境だったら自分のやりたいことができる

と感じて慶應義塾大学を志願し、総合政策学部の
AO入試(後期)を経て入学。

 

大学時代

慶應義塾大学総合政策学部

慶應の競走部にはこれといったコーチがいるわけではないんですよね。

だからその練習メニューや計画を作るのも自分たちでやらなければいけないし、走りの課題を見つけて克服するのも基本的には自分が自分の走りのコーチになってやっていかなければならないという環境なので、そういった中で常に自分の走りと向き合える4年間だったなと思います。

それはこれから自分が社会人になって陸上をしていくうえでも、忘れてはいけない部分になるんじゃないかなと思っています。

2011年(1年生)、山口国体男子100mで10秒23

(+1.8)の日本ジュニア記録(当時)を出して3位入賞。

 

2012年(2年生)、織田記念陸上男子100m予選で

10秒08(+2.0)を出し、同年のロンドン五輪A標準

記録を突破。

男子4×100mリレー決勝では38秒35で4位入賞。

ロンドンに出ることができたこととそこで自己ベストを出すことが社会人になっても陸上を続けることにつながりました。

それに陸上が大きな存在になったきっかけだったなとも思います。

 

2013年4月7日、東京六大学対抗予選で10秒82(-6.4)、

決勝では10秒47(-4.0)をマーク。

これは公認範囲の追い風2.0メートルだった場合、

9秒台が出ていた可能性もあるタイムでした。

 

この後、怪我との戦いが始まります。

ロンドン五輪以降の競技生活は「辛抱の時間」だった

 

正直こんなにけがをすると思っていませんでした。

高校まではねんざや外的な要因で骨折をしてしまったことがあったんですが、大学に入って肉離れ3回と腰痛など大きなけがが3つも4つも続いてしまいました。

本当に体のケアやバランスといったものに対しては、特にけがをしないという人はこれからも僕はしないよじゃなくて、気をつけていかなければならないと思うし、自分自身も調子がよくて、何も異常がないと思っている時こそケアが必要なんだな、とけがをして初めて思いましたね。

 

8月にモスクワで開催された世界選手権に初出場。

このレース中に左ハムストリングスの肉離れを起こ

し、出場予定だった男子4×100mリレーには出場せ

ずに大会を後にしますが、重症ではなかったので

帰国後は1週間休みを取って練習を再開。

 

9月、ベッドから起きられないほどの腰痛が発生。

痛みはなかなか引かず、前屈すると痛みが激しかった

そうです。

 

10月に天津で開催された東アジア大会に出場、男子

4×100mリレー決勝では日本チームの金メダル獲得

に貢献。

 

2014年、シーズン前半は腰痛で出遅れました。

9-10月に仁川で開催されたアジア大会に出場す

ると、レース中に左股関節を痛めてしまいます。

 

この怪我は練習を2週間休んだら治り、10月19日の

国体・成年男子100m決勝では10秒17(0.0)を出

しています。


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 社会人時代

2015年、セイコーホールディングス入社。

陸上競技部はなかったものの、アスリート支援

に乗り出したセイコーの第1号選手です。

 

2015年シーズン前半も腰痛に苦しみ、2大会連続

の世界選手権出場を逃しました。

 

2016年、日本ジュニア室内陸上大阪で男子60m

にオープン参加し、6秒62の自己ベストを出して

います。

 

4月29日の織田記念・男子100m決勝で10秒27

(-2.5)を出して優勝。

 

5月8日にゴールデングランプリ川崎・男子100m

に出場、

10秒21(-0.4)で2位(日本勢トップ)。
(優勝者は10秒02のジャスティン・ガトリン

 

リオデジャネイロオリンピック男子100mでは、

準決勝で自己ベストを更新する10秒05(+0.2)

をマークするも決勝進出を逃しました。

 

男子4×100mリレーでは日本チーム(山縣亮太-

飯塚翔太-桐生祥秀-ケンブリッジ飛鳥)の一走

を務め、決勝では予選のアジア記録を更新する

37秒60で銀メダルを獲得!

2017年、右足首の違和感の影響で、世界陸上

ロンドン大会出場を逃しています。

 

この後9月24日の全日本実業団で10秒00(+0.2)

を出し、二連覇を達成するわけですね。

 

*日本陸上競技連盟が2013年に発表した「男子/

100メートル/風速が記録に及ぼす影響」で試算

すると、桐生選手が9秒98を出した追い風1.8メー

トル時に当てはめた場合、タイムは9秒87に相当

するということです!

10月6日から始まる愛媛国体の成年男子100mに

エントリーしていましたが、右太もも裏の肉離れ

より欠場となりました。

 ケガに対しての向き合い方

自分の中では「自分が一番足が速い」と思っているので、とにかくそれを信じ続けてやることと、それを周りから言ってもらうことですね。

周りから「一番足が速いよ」と言われると、それだけで自分もやっぱりそうなのかなと思ったりできるし、周りもけっこう言ってくれるので(笑)。

怪我が多くなった理由は?

一言でいうと自己管理不足です。

ケガをするそのときまでは自分はケガをしないと思っているので、練習を積み過ぎてしまうとか、ケアを怠ってしまうとか、気が抜けてしまったときに食事量が減ってしまうとか、睡眠が減ってしまうとか、そういうことの積み重ねで起こるのかなと思いますね。

2013年9月に痛めた腰が一番大変だった?

そうですね、長かったです。

正直走れないほどではなくて、それこそ2014年はずっとそういう状態で1シーズンやってきたんです。

良くなかったのは、やっぱり治しきらないと練習でも限界を突破できないし、レースでも安全にというか、守りに入ってしまう。

肉離れとかと違って、腰だと中途半端に練習ができるので、それが逆にいけなかったなと。

ただ、今はウエイトトレーニングをやるようになったり、これをやればこの腰の痛みがとれるという治療法が見つかったんですね。

だから、治療とトレーニングをやっている間は全然問題なく走れています。

 

焦りましたか?

焦るし、ものすごく考えましたよね。

まず、ケガに対してどう向き合うかというのはすごく考えました。

当然ケガをしないための取り組みは大事なんですけど、ケガをしてしまっている以上、自分は今何をすべきなのか。他の選手の活躍を見て焦る気持ちもあるし、練習しなければいけないと思うんですけど、今はどんなに時間がかかってもケガを治して万全な状態にする。

そうじゃないと練習も積めないし、勝てるものも勝てない。

その都度、自分に言い聞かせながらやっていました。

当然速くなるためにはどういう練習が必要かというところも考えましたね。

 

 筋肉!

山縣亮太さんと飯塚翔太さんの筋肉画像

 

ケンブリッジ飛鳥選手も筋肉すごいですし、

あのウサイン・ボルト選手の腹筋だって、幾つに

割れてたんでしょうね!

ポチャポチャの私としては、ただただ羨ましい

限りです。

 

ということで、山縣亮太さんの特集でした。

まだ25歳だったんですね!

 

東京オリンピックに向けて、怪我に気をつけて

くださいね。

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 まとめ

男子陸上、黄金時代に入ってきましたね!

久しぶりにリオデジャネイロオリンピック

リレーを見たら、今でも気持ちが熱くなりました。

東京オリンピックも、ぜひ決勝で世界の強豪と

戦う姿が見たいです!

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