カヒミカリィの本名や現在は?高校・大学やちびまる子ちゃんの唄も調査!

カヒミ・カリィのアルバム「HAPPY BIRTHDAY Kahimi!』

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久しぶりにカヒミ・カリィさんのお名前を聞きま

した。

 

あのウィスパーボイス(ささやき声)に、よく聞く

とけっこう挑発的な内容だったりする、新しく

も懐かしいような不思議な世界でした。

 

大貫妙子さんに影響を受けたりしたのでしょう

か。

 

そういえば今はどうしているのだろう?

もう50歳になられていたとは!

 

今更ながら、本名も知らず「ちびまる子ちゃん」

の唄を歌っていたことも知らずに、いつのまにか

忘れ去っていたことに気づかされました。

月日の経つのは恐ろしい!

 

ここはひとつ、カヒミ・カリィさんの学歴や、

旦那様や娘さんとの生活まで、調べてみようと

思います。

「ちびまる子ちゃん」の唄の動画もご紹介!


カヒミ・カリィさんのプロフィール

本名(結婚前):比企真理(ひきまり)

*アルファベットだとHIKIMARIになり、それを
並び替えるて カKAHIMIKA リィRI
したそうです(アナグラム)。

別名  : Kahimi Karie

生年月日: 1968年3月15日(50歳)

出身地 : 栃木県宇都宮市

 

【活動】
  • ミュージシャン
  • フォトグラファー
  • 文筆家
 

【音楽のジャンル】
  • インディー・ポップ
  • オルタナティヴ・ロック
  • 渋谷系
  • エクスペリメンタル
活動期間 1990年 –

 

【レーベル】
  • CRUE-L RECORDS(1991年 – 1995年,1997年)
  • トラットリア(1995年 – 1996年)
  • ポリドール(1998年 – 2001年)
  • ビクターエンタテインメント(2003年 – 2010年)


1990年、嶺川貴子との女性二人組デュオ

「ファンシー・フェイス・グルーヴィ・ネーム」

でデビュー。

 

1994年、小山田圭吾プロデュース「Mike Alway”s

Dialy」でソロデビュー。

1990年代の渋谷系ムーブメントの姫と言われていま

した。

 

 

小山田圭吾の彼女としても注目されていましたが、

その後単身でパリに移住します。

(小山田さんは嶺川貴子さんと結婚のち離婚)

 

1991年にデビュー以来、海外アーティストとの

共同プロデュース作品を中心に数々の作品を

発表していきます。

1998、99年に全米ツアーとベストアルバム発表。

 

音楽活動の他、FMラジオのパーソナリティや

映画作品へのコメント執筆・字幕監修なども

手がけています。

 

2003年から、菊地成孔氏・大友良英氏のソロ

アルバムや、ONJOのメンバーとして欧州ツア

ーにも参加。

 
 

FMのパーソナリティーやドイツ映画の字幕監修

なども手掛けるなど、幅広い活動をしていました。

 

2009年6月27日、タップダンサーの熊谷和徳さん

と結婚。


同年、女児を出産、それを機にオーガニックスキ

ンケアをプロデュース。

 

2010年にはアルバム『It’s Here』を発売。

2012年、初の自叙伝的エッセイ『小鳥がうたう、

私もうたう、静かなそらに響くから』を発売。

ニューヨークへ移住。

 

 

これ以降アルバムなどの発表はありません。

現在はご主人やお子さんとの生活を満喫されて

いるようです。

 

でも歌はない日はないと、以前インタビューで

おっしゃっていました。

 

と思ったらこんなツイートが!


日本では聴けないんでしょうか?

上記の録音の様子は、

NYのアート本『ESOPUS』に一曲参加しました【カヒミ カリィの Wherever I go】

に詳しく載ってます。

(大友さんのツイートからもいけるよ!)

 

カヒミ・カリィさんの最近の様子を知りたい方は

ブログをどうぞ読んでみてください。

カヒミ カリィのThe plate of my life

 

実家

カヒミ・カリィさんは沖縄(父の転勤先)生まれ。

お父さんは日本人でお医者さん、お母さんはハワ

イ系日系人だそうです。

 

引っ越しをたびたび繰り返したのち、宇都宮で

病院を経営されているとのこと。

 

栃木県宇都宮市には医療法人社団大衛会比企病院 

という病院があり、院長は比企 達男さんとなって

います。

 

10歳上のお兄さんがいらっしゃるということなの

で、今の院長はお兄さんかもしれませんね。

3歳上のお姉さんもいらっしゃるそうです。

 

お母さんは41歳でカヒミさんを産んだ後、早く

に亡くなられてしまったらしいんです。

10歳の男の子を抱えて、今より医学も発達していない時代に母が41歳でわたしを産んだのは、すごく大変だったと思うんです。

それで身体を壊し、命を落としたんじゃないかと。

そう思うので、(わたしを産んでくれたことに)本当に感謝しています。

 

カヒミ・カリィさんは、お母さんと同じ41歳で

お嬢さんを産んでおられるんですね。

不思議な運命みたいです。

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学歴

中・高はブレザーで、セーラー服を着たことが

なかったそうです。

 

中学入学時は背が137cmくらいしかなく、それで

も絶対何かやらなきゃいけなかったので、仕方なく

人気のない剣道部に入ったとのこと。

防具を着けるじゃないですか。

その状態で「メーン」ってやられたら、衝撃で後ろに倒れたまま防具の重さで起き上がれなくなって。

で、亀みたいにバタバタしている私を見て、部員のみんなが爆笑したんですよ。

それで辞めました。

気の毒だけど、そりゃあ笑うわw

 

高校は共学だけど、男子部と女子部に分かれて

いたそうです。

今はもう一緒になっているんじゃないでしょうか。

宇都宮の方なら、どこか分かるかな。

 

部活は地味な将棋部。

(今だったら藤井君のおかげで、人気部だろうけど)

 

あんなに美人なカヒミさんですから、きっとモテ

たと思うんですが、彼女は同年代の男の子よりも

ウディ・アレンみたいな年上の男性に憧れてい

たんだそうです。

ませてましたねえ。


3歳上のお姉さんがピアノとギターが上手くて、

バンドをやっていたそうですが、カヒミさんが

興味を持ったのは写真でした。

 

絵画が好きで、美術館に通っていたところ、

デビッド・ホックニーというアーティストの写真

に惹かれてしまい、そこから写真に興味が写り

ました。

 

 

それからは写真展を見に行ったり、本屋さんや

図書館で写真集を探して見るようになり、将来は

学芸員やキュレーターになって美術館で働きたい

と思っていたそうです。

 

高校3年生の終わりにお父さんからニコンFE

もらい、それから本格的に写真を撮るように

なりました。
高校卒業後は、写真の専門学校へ1年間通った

そうです。

 

授業は楽しかったそうですが、学校はお金が

かかるし、学費をフィルム代にまわして、その分

たくさん撮影をした方が自分には合っているん

じゃないかなと思って、1年間で辞めたそう。

 

学生だった頃にレストランでアルバイトをして

いて、そこで知り合った音楽雑誌のライターの人

にインタビューの写真を撮る仕事を紹介され、

音楽雑誌の仕事をするように。

 

そのうち、だんだん音楽に惹かれるようになって

いったというのが、カヒミ・カリィさんと音楽の

出会いだったんですね。

 

CM

1996年、カヒミ・カリィさんはCMに出演して

います。

美しいカヒミさんを堪能しましょう。



 

アニメ

そして『ちびまる子ちゃん』

「ハミングがきこえる」は、作詞:さくらももこ

作曲・編曲:小山田圭吾なんですね〜。

オープニング曲です。



 

『ちびまるこちゃん』といえば「おどるポンポコ

リン」しか頭に残ってなかったんですが、これも

ありましたね!

 

そういえば何年か前に、クレモンティーヌさんが

『天才バカボン』の唄を歌っていて、「これでー

いいのだー」っていうのがとても素敵に聞こえた

んですが、先にカヒミさんがやっていましたね。

 
 

お嬢さんに見せているかな?

それにしても、カヒミ・カリィさんのブログを

読んだら、ニューヨークの幼稚園に驚いてしま

いました。

とってもクールで面白い、NYの幼稚園【カヒミ カリィの Wherever I go 】

 

お嬢さん可愛いですね!

お名前は和(にき)ちゃんだそうです。

彼(ご主人の熊谷和徳さん)はタップダンサーでニューヨークにずっと一人で住んでいて、わたしもミュージシャンで、おたがい表現するのが仕事でもあり・・・。

おたがい一人で生きてきたという意識があるので、きっと娘もそういう風になるかもしれないなと思います。

 

タップダンサーのご主人は、ちゃんをあやす時に

足でリズムをとってずーっとタタタタ、とやって

いたらしいので、ちゃんもリズムが大好きらし

いですよ。

将来どんな風になるのか楽しみですね!

 

そういえばヘビースモーカーだったというカヒミ

さんですが、今はもうやめたかな。

 

たぶんパリに住んでいた頃はスッパスパ吸って

いたと思いますが、ニューヨークでタバコは

吸えるところもかなり少ないはずだし、禁煙

したかもしれないですね。

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まとめ

50歳になってもカヒミ・カリィさんは美しい

ままでした。

 

お嬢さんの名前がにきちゃんというのも、フランス

に憧れてパリに住んで、かえって日本の良さを

見直したのかと思うところがありましたね。

 

ブログを読んでいると、今、本当にニューヨーク

での生活を楽しんでいるように感じられました。

 

でもそろそろ新しく何か作ってくれないかな。

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