落合恵子の生い立ちと髪型の秘密!経歴や夫・子供はいるのか調査!

落合恵子

なんと落合恵子さんの単行本が21年ぶりに発売

されました。

 

小説『泣きかたをわすれていた』の主人公は

72歳の冬子さん。

 

落合恵子さんは今年1月で73歳になられたので、

主人公は同い年の女性と考えてもいいんでしょう。

ご本人とダブるところがありそうです。

 

主人が彼女のファンなんですよねー。

(彼女より年下だけど)

昔、表参道の「クレヨンハウス」まで行ったら、

落合さんと話ができた、とよく話すんです。

「ブログ書いてるなら彼女のこと書いて」とも。

 

他の女性のファンと聞かされて面白いわけでも

ないんですが、落合恵子さんなら仕方ないか。

前から気になってる方だったし、いいきっかけ

なので調べてみることにしましょう。

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落合恵子さんのプロフィール

出身地 :栃木県宇都宮市

*小学校一年から東京都中野区育ち

生年月日:1945年1月15日(73歳)

最終学歴明治大学文学部英文学科

*本当は植物や動物の研究をしたくて、帯広畜産

大学を希望するも、当時女子寮がなく断念。

 

勤務局 文化放送(1967年から1974年)

*出版社を希望するも、入社試験にすべて落ち、

断念。

就職氷河期だったそうです。

【活動期間】

  • アナウンサー(1967年から1974年)
  • 作家(1974年から)

 

【出演番組・活動】

  • 現在  ハートネットTV(NHK)
    放送  月〜木曜 午後8時〜午後8時30分
    再放送 毎週月〜木曜 午後1時05分〜午後1時35分
  • 過去  セイ!ヤング(1973〜1974)、
        おはようございます 落合恵子です(2005〜2008)

 

生い立ち

お父様は参院議員(自民党)の矢野登さん(1903年

8月 – 1993年4月17日)。

 

婚外子(婚姻関係にない男女から生まれた)である

ことから、母子家庭で育ちました。

 

異母弟に参院議員の矢野哲朗さん(1946年11月6日

-、71歳)がいます。

矢野哲朗氏

 

世間からの差別

いわゆる「私生子」として生まれたため、いじめ

と差別を受けていました。

 

明るくしていると「どうしてそんなに明るくして

いるの?」と聞かれたりしたそうです。

そういうところで、フツーという基準を決めつける社会の息苦しさを、小さいときから感じていた。

「しーちゃん」と呼んでいた叔母が結核だった為

に、近所から避けられてもいました。

 

いなり寿司を作って近所の家々に届けたら、食べ

ずにすぐ捨てられたりとか。

 

後の著書『崖っぷちに立つあなたへ』では、

生い立ちゆえにいじめや無視とたたかう日々のなかで、私を支えたのは母の温かな眼差しだった−。

という記述があります。

 

 

お母さん

恵子さんのお母さんはとても厳しく育てられた人

だったそうですが、戦後の時代に未婚で子供を産

み、一人で育てるという大変な選択をした方。

 

恵子さんが15歳の時に「なんで私を産んだの」と

お母さんに尋ねたところ、

幼なじみが(米軍機の空襲の)焼夷弾しょういだんで死んでいく。

人の命のはかなさを知り、『産むんだ』と決めた。

との説明に、納得したんだそうです。

防空壕のイメージ

さらにお母さんは

あなたは父親のいない子供として差別される側だ。

差別される側の人たちと手をつなぎ、差別という閉まった窓を一ミリでも開けてほしい。

との思いを語ったとも。

なんて強い女性なんでしょうか。

 

恵子さんの生き方は、ここに根ざしているように

思えます。

 

でもどんなに働いても暮らしは楽にならず、世間

からは避難と差別を受け、お母さんはかなり強度

の神経症をかかえて入院したこともあるそうなん

です。

 

それでも疲労感や不安などを一切表に出さなかっ

たお母さん。

母は児童心理や発達心理学など学んだことはなかったし、成人してからも忙しくて本などで学ぶ暇もなかったと思います。

だから、よくぞ、「あなたが大切よ」と言葉にしてくれた、と思いますね。

お母さんは恵子さんが生まれた時の話を繰り返し、

その時の「あなたを待っていた」という言葉に

よって、恵子さんは「自分は大切にされている」

という安心感を得て、自信を持つことができた

そうです。

 

しかし反面、その頑張りが神経症になった要因の

一つではないかとも、恵子さんはおっしゃって

いました。

ですから私には、特に思春期から、「おかあさん、もう少しわがままに生きてよ。疲れた姿を見せてくれてもいいじゃない」という複雑な感情がありました。

 

自立を重んじる女性同士として一緒に暮らし、

2003年にはアルツハイマー病になったお母さんの

介護を続けていた恵子さんは、この度発売された

小説『泣きかたをわすれていた』で、主人公/冬子

のなかに、様々な思いを託したように思えました。

母は亡くなりましたが、彼女から贈られたものは私の中でいっそう輝きを増しています。

その、贈られたものを、今度は私が次世代の人たちに贈る番だと考えています。

 

 

7年間、在宅で介護をすることで初めて濃密な

時間を過ごし、母が亡くなる時には初めて亡父へ

の想いも伝えることができたのだといいます。

 

子供時代と本

なんでも手当たり次第に読んでたと思っていたら、

「お姫様」ものの本は苦手だったそうです。

 

「シンデレラ姫」みたいに、いじめに耐えている

姿にイライラしたとか。

「嫌なら逃げなさいよ!」って思ってたそうなん

です。

って、私が読んだ「シンデレラ」にそんなこと

書いてたかなあ。

 

イソップ童話とかグリム童話などでは、継母と

いえばいじめるし差別するし、 狼や狐は悪い

イメージにさせられるし。

 

だから恵子さんにとっては、動物図鑑や植物図鑑

などが愛読書でした。

リアリズムにロマンティシズムを求めていました。

 

ひゃあ〜なるほど〜。

こんなことを考えなかった私は、かなり幸せな

子供だったんだなあ。

 

「植物や動物の研究がしたくて帯広畜産大学

希望」したのには、こういうわけがあったんです

ね・・・。

 

でも明治大学文学部英文学科に入学となったので

すが、それも落合恵子さんの運命だったのかな。

 

 大学卒業後

1967年(22歳)、文化放送にアナウンサーとして

入社(同期にみのもんたさんなど)。

 

パーソナリティを担当した「セイ!ヤング」では、

リスナーから「レモンちゃん」の愛称で親しまれ、

歌手としてもデビュー。

あれは会社が私につけた商品名。

「私でない私が勝手につくられていく」という事態は、フェミニズムで考えるとまさに「女性の商品化」でしたね。

1971年、「こんばんは、落合恵子です」では幅広

い年齢層に人気を集めました。

 

1974年、29歳で退社し本格的な文筆活動に。

自分の責任で、自分の言葉で語りたい、という

強い思いがあったそうです。

 

主な著書に「スプーン一杯の幸せ」シリーズや

「ザ・レイプ」「質問 老いることはいやで

すか?」などがあります。

 

 

 

1975年11月21日に発売された南沙織さんのシングル

「ひとねむり」の作詞も担当しています。

 

可愛い!

南沙織さんといえば、旦那様は写真家の篠山紀信

さんで、二男は篠山輝信さんだった。

今は美魔女かなあ…。

 

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結婚や子供は?

落合恵子さんは独身でした。

お子さんもいらっしゃらないようです。

 

恋愛しなかったわけではけっしてなかったと思い

ますが、彼女の生い立ちと関係あるのかも。

この本に、秘密が書かれているかもしれません。

 

 

クレヨンハウス

”書く”だけでなく「行動する」社会派作家として

認知されている落合恵子さんですが、執筆と並行

して、1976年に児童書籍専門店「クレヨンハウス」

、女性の本の専門店「ミズ・クレヨンハウス」

主宰しています。

 

始めたきっかけは、放送局にいた時、海外取材に

行くとまちに子どもの本屋さんがあって、大人も

座って本を読んだり、子どもと本を挟んで向かい

合ったり、教育について話し合ったりする、一つ

の「受発信」の場になっていて、日本にも欲しい

と思ったこと。

1976年12月5日、東京都渋谷区神宮前に開店し、

1986年に港区北青山へ移転。

1991年には大阪店(吹田市)をオープン。

 

クレヨンハウスの企業理念

子どもや女性、そしてハンデキャップのある人がすみよい社会は、誰にとってもすみよい社会ですよね。
男社会・健常者・大人社会が中心だった創業1976年当時、少しでも楔を打てる会社になりたいと考え、企業理念としました。
LOVE & PEACE、そして7代先の子どもの未来を考えて判断する企業をめざしています。

 

10年ぐらいたったあたりから、世のお父さんたち

も急激に増え、小さいけれども「窓」を開けて

いく面白さがあったそうです。

今はお父さんたちも加わって一緒に勉強して、パートナーの体の変化、例えば更年期について学ぶお父さんもいます。そういう人たちが地域へ帰って、活動が広がっていく実感があります。お客さんに教えていただいたことも多いですね。

子どもから文化と教育を考える『月刊子ども論』

育児と育自を考える『月刊クーヨン』の発行人も

しています。

 

 1992年、東京・大阪のクレヨンハウスに、自然食

・有機栽培農産物・無添加食品の店「野菜市場」

、自然食レストラン「HOME」「広場」を開設。

 

社会活動

1985年、日本で初めて女性の側から性暴力を告発

した小説「ザ・レイプ」を発表し、大反響を呼び

ました。

 

 

落合恵子さんは子ども、高齢者、女性、さらに社会

が「障がい」と呼ぶものがある人々などが関わる、

様々な「社会に共通な問題」から目を背けず、かと

言って批判するだけでもなく、わかりやすく考えら

れるように小説の形で発表し続けています。

 

さらに評論・講演活動『週刊金曜日』(主に政治

・社会・環境問題を扱う週刊誌)の編集委員を務め

てもいます。

 

1986年 – 1990年には文化放送で、日曜夜に女性だけ

のスタッフによる硬派生情報番組「ちょっと待って

MONDAY」のパーソナリティを担当。

 

1988年度は日本女性放送者懇談会賞を受賞。

2005年〜2008年、TBSラジオ日曜日の早朝番組

「おはようございます 落合恵子です」で、15年ぶり

にラジオ番組のパーソナリティに復帰しました。

 

「さようなら原発1000万人アクション」

「戦争をさせない1000人委員会」の呼びかけ人

でもあります。

 

彼女のように目立つ形でこのようなことをしている

と、批判も多く、心無い言葉を投げつけられること

もあると思います。

批判は当然あることとしても、人間性を否定する

ような言葉、あるいは行動を起こす方もいるかも

しれません。

怖いこともきっとあったはず。

 

本当によく真っ向から、家族の問題だけでなく、

社会的な問題、教育問題、環境問題などに取り組

んでおられるものだと、頭が下がりました。

私たちが「環境問題」と言うと、地球温暖化などの「環境」だけど、子どもたちにとっては、周囲にどんな大人がいるかが環境問題だと思うんです。

一生懸命に生き切ろうと思っている大人、一人一人の力は弱いけど、おかしいことはおかしいと言う、そういう大人という環境が周囲にあったら、その子の子ども時代はずいぶん変わるだろうと。

 

髪型

実のところ、落合恵子さんの髪型には私もびっく

りしました。

 

落合さんどうなっちゃったの!?」と思ったん

です。

色が紫だった時もあったし。

こういうイメージだったし。

 

今の髪型は「怒髪ヘアー」っていうらしいですね。

私の髪はどうしてこんな風なのかとよく質問を受けます。

もともとベリーショートだったのですが、ショートヘアはきちんと美容院に行かないと厄介なことになります。

母の介護をしている時、1人娘の私が美容院に行ったときに母の容体が急変したらどうしようと考えている矢先、テレビで見ていたサッカーの試合で、南の国の選手がこんな髪形をしていました。

彼は試合が終わって、暑かったのでしょう、頭から水をかぶって、池に落ちた犬みたいに首をブルブルっと振るってもとの形に戻るのを見た時に、『お~これぞ神の髪型だ』って・・・

この選手のことは名前も国も覚えてないそうです

が、少年と青年の中間くらいの選手とのこと。

でもその選手は自然にその髪質なわけで・・・。

 

恵子さんの場合はパーマをかけてるんだよね。

髪の毛多いなあ。

 

多分、そのうちウィッグになるんじゃ・・・。

そのほうがもっと楽かもです。

まあ、紫よりは今の方が似合ってるかな(o^^o)

 

不安感

ここ最近ずっと感じていたことを、落合恵子さん

はとても的確に話してくれていました。

ここ10年、5年、子どもの未来を語ることが希望を語ることではなくなっている、あるいは、少しでも希望を残したいと最後の踏ん張りをしているような思いがあるんですね。

今の社会はある種の階層化が進んで、自分より下にいる人を想定して、そこで自分のストレスを発散したりする。
そういったものがとても強い時代なのかなと。

そしてそれは、例えばヘイトスピーチなどに関わっている人だけの責任かと。
社会そのものがつくり出した罪ではないかと感じます。

いじめにも、ある時から確実にお金が絡み始めた。
大人の拝金主義が子ども社会を支配している。

少年犯罪の数は減っているのに、こんなにも心痛い、そしてそれが特異な例ではなくいろんな所で潜在的にあるだろうと思うような事件が続くことに、がくぜんとします。

不安

これって多くの人が漠然と感じているんじゃない

かと思うんです。

 

私はこういうことを考えると、なんだか怖くて

不安になります。

 

そんな時、クレヨンハウスが近くにあったら行く

かもしれません。

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まとめ

私は日本に、落合恵子さんのように勇気のある

女性が、いま一緒に生きているということに

とても勇気をもらいました。

主人にありがとうだわ!

2 件のコメント

  • 素敵なメッセージブログを新鮮な感動の中て読ませて頂きました
    落合恵子さんのことも昔から気になっていたので拝見させて頂いたブログからより親近感が湧いて来た次第です
    これからもどうぞよろしくお願い致します✌️☺️‍♂️

  • 昨日、落合恵子さんの講演会に行って来ました。クレヨンハウスは昔から大好きで、落合恵子さんもとても好きです。
    原発の事や、普天間の事など政治の事を話す機会も相手もなく、テレビではありきたりな事しか言わなくなり、世の中が本当につまらなくなったと感じていましたが、落合さんのように言いたい事が言える人がもっと増えるといいなと思います。日本人は怒らな過ぎだと私もかねがね思ってました。もっと怒りましょう。
    そして、もっと考えましょう。
    私も怒髪天髪型真似しようかな、と思ってます。

  • 坂本岱山(泰平) にコメントする コメントをキャンセル

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