女性信者達(オウム真理教)の経歴!関わった犯罪や現在は?(画像あり)

石井久子の本の表紙

オウム真理教松本智津夫と元幹部たちの

死刑執行によって、オウム事件や関わった女性

たちがまた注目を浴びています。

 

今回は元幹部だった女性や、広報活動などで

目立った元女性信者たちが関わった事件と、

現在の姿を追ってみました。

スポンサーリンク


村岡達子

現在の村岡達子

生年月日:1950年3月3日(68歳)

出身地 :広島県福山市

ホーリーネーム:ウッタマー

ステージ   :正悟師

ステージ
オウム真理教の階級のことで、オウム真理教の序列を示す称号。
入門から順にラージャ・ヨーガ(スワミ)、クンダリニー・ヨーガ(大師 / 師)、ジュニアーナ・ヨーガ(正悟師)、大乗のヨーガ(正大師)、報身のヨーガ(正報師)、コーザル・ヨーガ(正法師)とあり、次に最終解脱(天人師)とされていました。
*解脱=悟り

福山暁の星女子高等学校卒業

上智大学外国語学部中退

 

ロサンゼルスに進出した日本企業に勤務していま

したが、倒産のため帰国した後、1988年7月に、

オウム真理教に入信。

同年12月に出家。

 

英訳仏典の日本語への翻訳や、松本智津夫が海外

に渡航する際の通訳などを務めていました。

 

1995年、松本智津夫松本知子の逮捕により、

同年6月に代表代行に就任し、2000年2月4日の

アレフ発足において代表、のちに会長になって

います。

 

アレフの会計責任者も勤めていましたが、

教団内の内紛によって2007年7月下旬に辞任。

 

2011年6月、アレフを脱会したものの、その後も

「私にとっては尊師(麻原)も王様のような存在

でした」と答えていました。

 

現在

関東地区に住んでおり、翻訳や英作文など、

得意の英語を使って、月4〜5万の収入を得ている

そうです。

 

これでは生活も大変だと思われますが、

オウムでの質素な生活に慣れているので苦しいとは思わない。

とのこと。

 

電子ピアノを弾いたり、韓流ドラマの歴史ものを

観るのが慰めになっているようです。

 

石井久子(51歳)

石井久子の本の表紙

松本智津夫の一番弟子で、教壇ではNo.2、

金庫番(大蔵大臣)でした。

ホーリーネーム:マザー・シャクティー・ケイマ
のち マハー・ケイマ

ステージ:正大師

 

幼少期より負けず嫌いで文武両道だったにも

かかわらず、女性であることから両親に大学進学

を認められず短大に進んだそうです。

 

このことがもしかすると、教団に惹かれていった

ことと関係があるかもしれません。

 

卒業後に日産火災海上保険に就職しています。

 

彼女は美人で頭も良く、他の信者たちの憧れの

的だったと言われています。

 

ヨガサークル「オウム神仙の会」を立ち上げた

初期メンバーの一人でした。

 

松本智津夫との間に3人の子をもうけています。

(1992年2月に流産、1993年12月に双子、

1995年3月に1人)

 

このため、正妻の松本知子とたびたび喧嘩して

いたようです。

 

関与した事件

1989年、坂本堤弁護士一家殺害事件で遺体の処理

に参加したと言われています。

 

1990年11月7日、国土法違反事件(教団の熊本県

波野村進出に関わる騒動)で一時逮捕拘束。

 

1995年9月6日、信者の逃走資金を提供した「犯人

隠避容疑」で再び逮捕。

 

翌日、子どもの保護者不在を避けるため、

教団音楽部門のトップ鎌田紳一郎と結婚しました

 

国土法事件、逆さ吊り死亡事件、犯人隠避容疑

懲役4年の実刑判決を受け、教団を離脱。

 

2000年11月に懲役3年8ヶ月の服役終えて出所。

もうオウムの信仰をしていないと改めて発表して

います。

 

出所後は一時、精神を病んでいたという証言が

あります。

 

「ひかりの輪」のウェブ編集部長を務める

宗形真紀子さんの証言によると、

2002年頃、石井久子は突如、アレフの本部に現わ

れて、『マイトレーヤ(上祐史浩のホーリーネーム)

はどこ、金庫はどこ?』など訳のわからないこと

を叫びながらマンション中の部屋を覗き回り、

警察に引き取られたことがあったそうです。

 

 

2007年、上祐史浩らがアレフから独立して

『ひかりの輪』を立ち上げた際、一緒に来ないか

と声を掛けられたけれども、アッサリ断ったとの

こと。

 

現在

訪問介護の仕事しながら、マンションで父親

と二人暮らしだそうです。

子供達の消息は分かっていません。

 

飯田エリ子

飯田エリ子の写真と記事

生年月日:1961年1月18日(57歳)

出身地 :神奈川県

ホーリーネーム:ラクシュミー、のちサクラー

ステージ   :正悟師

東日本の信者を統括する東信徒庁長官

 

文化女子大学附属杉並高等学校卒業

文化女子大学短期大学部生活造形学科卒業

デパート店員を経て、日産火災海上保険に入社。

 

病弱で体重は38キロほどまで痩せたこともあり、

1984年、健康のために松本智津夫のヨーガ教室

鳳凰慶林館に通い始め、同僚の石井久子も誘い

オウム神仙の会に入会。

その後、保険会社を退社して出家。

 

教団幹部の岡崎一明(佐伯一明、宮前一明)と

恋愛関係にあったとされています。

 

関与した事件

  • 目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件(逮捕監禁致死罪)
  • 鹿島とも子長女監禁事件

 

1990年、ボツリヌス菌の培養に関与したとされる

も立件はなし。

 

1995年の目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件

で逮捕監禁致死罪に問われ、同年5月29日に逮捕。

 

懲役6年6ヶ月で、2002年8月25日に刑期満了に

より出所。

 

一審後にノイローゼ、聴覚過敏の症状が発生。

2002年3月には脳内出血で倒れ、二度の手術で

車椅子に乗れるほどに回復するも、深刻な

記憶障害を負っているそうです。

 

宗形真紀子さんの証言によると、

警察の方から彼女が獄中で倒れ、脳障害を負ったことを聞かされました。
その時、私はお見舞いに行こうとしたものの、警察の人から“(見舞いに)行ったところで、あなただと分からないレベルになっている”と言われました。

とのこと。

 

現在

都内の実家で暮しているそうです。

右半身麻痺を患っており、リハビリのために

実家(府中市?)と病院を往復する毎日だと

いうことです。

 

顧問弁護士の秋田一惠氏を通じ、

オウムに関わったこと、事件については深く反省しています。また、被害者の方々に申し訳なく思っています。

とのコメントを寄せているそうです。


スポンサーリンク


北沢優子

元オウム真理教の在家信者

1995年の強制捜査後にオウム真理教から分裂した

「ケロヨンクラブ」代表。

 

「麻原尊師の継承者」を自称する原理主義者の集ま

りで、2012年当時の横浜の「ケロヨンクラブ」

は、約28名の信者が在籍しており、「原点に帰る」

という意味でカエルのマスコットを常に持参して

いたことから、ケロヨンと呼ばれるようになり

ました

 

関与した事件

2004年9月、東京都中野区のアパートで部下に

指示し、当時36歳の女性メンバーを修行名目で

竹刀でたたき死亡させたということです。

(本人は無罪を主張)

2014年12月8日、傷害致死罪で懲役8年が確定。

 

末期ガンと診断され、鼻にチューブを差して車椅

子で出廷したこともあり、そのために暫く公判も

停止されたため、判決までが長引いたようです。

 

現在

都内のケアハウスで暮らしているそうです。

 

山本まゆみ

山本まゆみの顔写真

生年月日:1954年

出身地 :東京都渋谷区

死没   :2007年(53歳)

ホーリーネーム:キサーゴータミー

ステージ   :正悟師

教団での役職 :労働省大臣

 

1975年3月、都内の短期大学を卒業し保険会社に

勤務。

 

1984年、オウム神仙の会に入信、

1986年9月に退職し出家。

ヨーガのモデル、松本麗華さんの養育係も務めて

います。

 

関係した関係した事件

1995年11月23日、地下鉄サリン事件を起こした

遠藤誠一の逃亡資金3000万円を提供したとして

犯人蔵匿で逮捕。

 

男性信者逆さ吊り死亡事件で遺体を焼却した死体

損壊罪で起訴され、懲役1年4ヶ月となりました。

 

公判中から謝罪して脱会しましたが、喉頭がん

発覚し、2007年1月に病死しています。

 

鹿島とも子

生年月日:1950年8月23日(67歳)

出身地 :東京都立川市

 

18歳の時に日劇ダンシングチームに入団し、

トップダンサーとしてタレント活動をしていたの

ですが、1982年にスノーモービルの事故で脊椎を

損傷し、芸能活動停止に。

 

リハビリ生活中の1989年に、松本智津夫の著書で

オウム真理教を知り入信

 

その後芸能界に復帰して教団の広告塔をつとめ、

教団関連会社「スーパースターアカデミー(SSA)」

で歌唱指導などにあたっていました

 

1994年7月7日、芸能界を引退して出家信者である

「サマナ」になると発表。

 

関係した事件

1995年5月2日、長女拉致監禁事件よりに逮捕。

1994年、当時19歳の長女に対し、無理やり入信

させるために、教団諜報省長官の井上嘉浩

東信徒庁長官飯田エリ子らと共謀。

 

長女に睡眠薬入りジュースを飲ませた上、麻酔

注射をして車で三鷹市の自宅から上九一色村に

拉致した事件。

 

長女は11月27日に脱走するも、12月5日に再度拉致

されて1995年1月23日まで監禁され、再び脱走しま

した。

 

しかし2月に再々拉致され、治療省大臣林郁夫

もと、薬物投与やニューナルコ(電気ショックに

よる記憶消し)を行われたといいます。

恐ろしい…。

盲信すると、実の娘までこんな目に合わせてしま

うものなのですね。

自分では真面目に生活してきたつもりでした。
でも、気がついたら留置場にいて、マスコミからは“鬼母”と呼ばれてしまった。
どういうふうに死のうかと、そんなことばかり考えていました。

この長女の現在は不明です。

 

ただ、拘置中に報道で、娘が薬物注射を受けてい

たことを知って目が覚め、オウム真理教を脱会し

たといいますから、まさか教団がそこまですると

は知らなかったようです。

鹿島ともこの本

 

判決は懲役2年・執行猶予4年。

千葉県木更津市の実家に身を寄せた後、小学生の

息子と二人暮らしに。

 

仕事もなく、食べていくために息子と2人で日給

6000円のビラ配りのバイトもしたそうです。

 

その後、ホームヘルパー2級の資格を取得し、

償いの意味も込めて11年間続けました。

2002年には芸能活動も再開。

 

この間は月に30万、40万の収入があったため、

生活には困らなかったとおっしゃっていました。

 

現在

1982年のスノーモービル事故で脊椎を損傷した

後遺症で、左膝の具合が悪化し、杖を使わないと

歩けない状態に。

 

芸能活動もヘルパーもできなくなり、実家を売った

お金で暮らしています。

 

住んでいるアパートの家賃は5万4千円で、家を出る

時は、電気もガスも全て止めるなど、節約している

そうです。

まあ、修行していると思えば、苦ではないですけどね。

 

加藤智子

上祐の運転手をしている加藤智子

地下鉄サリン事件後、上祐の運転手になった、

元六本木のホステスで、今47歳。

華やかな雰囲気の異色の美人運転手でした。

 

1995年6月、元信者への逮捕監禁致傷の疑いで

逮捕され、懲役2年、執行猶予4年の判決。

 

 現在

彼女の叔父によると、3年程前に智子の父親が亡

くなり、3歳くらいの娘を連れてお焼香に来たそ

うです。

 

沖縄で陶芸をやって暮らしているという話を

していたということです。

 

オウムシスターズ

一家でオウム真理教の教団名古屋支部の在家信徒

でした。

1989年秋に美人4姉妹が出家。

 

【ホーリーネーム】

長女:ソーマー、次女:セーラー、

三女:タントラナンダー、四女:タントラアバヤー

 

長女は教団の「世界記録達成部(主にマラソンの

世界記録を樹立することを目指す組織内のグルー

プ)に所属していました。

 

1990年、第39回衆議院議員総選挙にオウム真理教が

「真理党」として出馬したとき、彰晃マーチの音楽

に合わせて、4人姉妹が象の帽子を被って踊っていま

した。

この様子が可愛いと話題になったのです。

 

長女は1994年12月、恋人の富田隆と教団施設から

逃走し、1996年に脳機能科学者の苫米地英人さんと

結婚。

 

次女は地下鉄サリン事件後、恋人の端本悟らを

匿い、犯人隠匿の罪で逮捕されています。

 

一連のオウム真理教事件発覚後は、それぞれ独自の

道を歩んでいます。

 

現在

三女によれば、

姉妹は皆、元気にしています。連絡も取っています。
でも、それぞれ、どうしているかはお話ししたくありません。

とのこと。

 

彼女は現在37歳で、かつて元信者と結婚していま

したが、現在は別の男性と一緒になっているそう

です。

 

ご主人は彼女の過去を知って、受け入れてくれて

いるようです。

 

木田裕貴子

  • 2004年の木田裕貴子とされる写真

    2004年3月14日に群馬県高崎市で行われたオウム真理教第13回オリエンテーリング高崎大会の成績表に載っていたとされる写真

  • 木田裕貴子

週刊新潮 2011/12/8号によれば現在41歳。

ホーリーネーム:スメーダ

ステージ   :正悟師

1998年、18歳で松本智津夫の子(女)を産み、

2011年時点では、実母と高校生になった娘と3人で

群馬県に住んでいたということです。

近所の住人によると、娘は乗馬クラブに通っていた

そう。

 

都沢 和子(みやこざわかずこ)

都沢和子が載っている雑誌のページ

生年月日:1965年5月19日(53歳)

出身地 :東京都葛飾区

ホーリーネーム:ウッパラヴァンナー

ステージ   :正悟師

教団での役職 :西信徒庁長官

昭和女子大学短期大学部英米文学科卒業。

 

大学でESS(英語による弁論サークル)に所属。

早稲田大学ESA所属の上祐史浩(現55))に出合い

、恋人同士となります。

卒業後は住友化学工業に勤務しましたが、上祐

がオウム真理教に入信したため、後を追って

1987年4月入信、6月に出家。

 

出家後は名古屋支部長などを歴任し、教団の

出版物やビデオに出演、教団の顔の一人として

信者を獲得していきました 。

 

岡崎一明(オウム真理教元古参幹部、名古屋

拘置所によると、異性(上祐ではない)と交際

していることを理由に松本智津夫から

「ポアしかない」とされるも、岡崎・石井久子

・早川紀代秀が麻原に抗議したため阻止された

といいます。

 

しかし上祐がロシア支部長に赴任(左遷とも言わ

れる)していた間に、松本智津夫ダーキニー

(愛人部隊の名称)の一人になっていたとも。

 

関係した事件

1995年1月9日、山梨県上九一色村のサティアン

から松本智津夫の家庭医であった女医の信徒が

逃走し、連れ戻すよう指示を受けた都沢が、

監視のために付近のマンションに侵入した容疑で

指名手配される。

同年5月10日、警視庁赤坂警察署に出頭し逮捕。

 

1995年に懲役1年の判決。

当初は教団に戻りたいとしていましたが、その後

教団を脱会し、苫米地英人さんによる脱洗脳の

カウンセリングを受けています。

 

現在

彼女についての情報はありませんでした。

 

以上、オウムに関わった女性達について

まとめてみました。

 

それぞれの現在ですが、総じて幸福になっている

とは言えませんね。

もちろん世間が許すはずもないので、当然の結果

といえば結果ではあります。

 

ただ、今でもAleph(アレフ)が無くなっていな

いように、どんなにあやしい宗教であっても、

それに惹かれていく人は後を絶ちません。

 

その人なりに、真剣に考えて入信してしまうわけ

ですから、この人たちを一概に非難すればいいと

いうものでもないと思うのです。

難しいですけどね…

松本智津夫(麻原彰晃)の嫁や子供の現在!同時に死刑となった幹部は?(1)

松本智津夫(麻原彰晃)の嫁や子供の現在!同時に死刑となった幹部は?(2)

まとめ

鹿島とも子長女監禁事件を調べて分かった、

オウム真理教の洗脳方法の恐ろしさが

とんでもないです。

 

この長女がその後どうなったのかがとても

気になったのですが、わかりませんでした。

 

普通に暮らしていれば・・・とも思いますが、

これほどの目にあっていれば、トラウマは相当な

ものでしょう。

 

苫米地さんが助けてあげたりとか、してないんで

しょうか。

スポンサーリンク


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です