宮嶋泰子の経歴と家族は?塚原千恵子や体操協会との関係を調査!  

宮嶋泰子の顔写真

体操取材歴40年という、テレビ朝日のスポーツ

コメンテータ・宮嶋泰子氏の発言があまりにも

塚原夫妻より。

 

「忖度?」という疑問も溢れていますが、なぜ

そんなことをする必要があるのでしょうか。

 

塚原千恵子さんと親しいとか「素晴らしい人」

と思っているからなのでしょうか。

 

宮嶋泰子氏とは、いったいどういう人なのか、

経歴や仕事内容などから探って観たいと思い

ます。

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宮嶋泰子さんのプロフィール

本名  :宮嶋 泰子(旧姓:増山)

*26歳(1981年)の時にクリエイティブプロデュ

ーサーの宮嶋晃さんと結婚されています。

 

宮嶋晃さんの父親は、映画監督の溝口健二氏の

作品で助監督を務めた宮嶋八蔵

(2015年 88歳没)。

宮嶋八蔵
座頭市物語 (1974)<TV> 脚本
祇園祭 (1968) 助監督
刺青 (1966) 助監督
若親分出獄 (1965) 脚本

*お子さんの情報は見当たりませんでした。

出身地 :神奈川県鎌倉市
(出生地:富山県高岡市)

生年月日:1955年1月9日(63歳)

身長  :156cm

血液型 :B型

職業  :テレビ朝日スポーツコメンテーター

【趣味】

  • 写真撮影、温泉巡り、淡水魚観察、絵を描くこと

 

経歴

学歴

神奈川県鎌倉市の大船小学校、大船中学校
⬇️
神奈川県立外語短期大学付属高等学校
⬇️
早稲田大学第一文学部仏文科
*フランス語教員免許を持っている

 

職歴

    • 1977年4月 – 2015年1月(テレビ朝日アナウンサー兼ディレクター)
    • 2015年1月に定年退職➡︎同年2月 – (テレビ朝日スポーツコメンテーター)

 

大家族で育つ

長男の子ども(いわゆる本家)で、兄弟は妹と弟。

父・母・曽祖母・祖父・祖母・伯父・伯母(父親

の兄弟である次男、三男、長女)の、合計11人。

 

土建屋と材木屋をやっていたので、職人さん達が

食事をしに来ていて、食事は2回に分けて準備して

いたという大所帯。

 

遠戚に変わった人がたくさんいるみたいです。

突然「満州の馬賊になりたい」と行ってしまった人や当時の巴里に行ってしまって、その後、候文で手紙を書いてきたなんていう話も聞いたことがあります。祖父の兄弟で7回離婚した人もいるんですよ。明治生まれでそれはちょっと珍しいですよね。(おじいちゃんの弟)。
「やっぱり最後のお嫁さんが一番素敵だった」って皆が言ってるとかね)

ある事があるから、ある事の反対の価値が重要だということはたぶん大家族から教えられたんでしょう。

 

お父さんは早稲田出身で文学青年だったそうです。

宮嶋泰子さんはパパっ子で、中学・高校生の時は

父親が晩酌をする時に横に座って、いろんな話を

していたそう。

 

またお小遣い稼ぎで仕事の手伝いをしたり、出張

で材木の買い付けに行く時にも、一緒に連れて

行ってもらったりしていて、独立心も養われたと

おっしゃっています。

 

県立外語短期大学付属高等学校を選んだわけ

伯母さんが家で英語やフランス語を勉強していて、

宮嶋さんが小学校6年生ぐらいの時からスイスに

住むように。

その影響で外国語を勉強したいと思うように

なりました。

 

その上祖母さんはとてもおしゃれな方で、洋行

帰りの洋服仕立ての人が来て、オートクチュール

で服を作ってもらっていたほど。

 

また小学校に入学するときには紺色のランドセル

を買ってくれたそうです。

 

1960年代で紺色のランドセルって、相当珍しいで

すよね!

とってもお嬢様だったわけです。

 

アナウンサーを目指したわけ

アナウンサーになろうと思ったのは、大学の2年

生くらい。

女子アナのイラスト

芝居をすることに憧れていた宮嶋さんは、大学

4年の時にテアトル・エコーの養成所に通ってい

て、何かを表現したりしゃべるという事に関して

はそれなりに自負があり、芝居の世界が面白くて

たまらなかったそうです。

 

でも女優になれるかと行ったら、自分は

背が低い・姿勢はよくない・身体表現や柔軟性で

は劣る➡︎じゃあ、自分が優れているところは?

➡︎言語で表現する事!

 

「君の声は砂防会館の一番上まで届くよ」と言わ

れたことがあったので、アナウンサーならいいか

も、と考えついたんだそう。

 

時代のせいか、「ワンゲル(野外活動を率先して

行おうとする運動)みたいな事もやっていた」と

おっしゃっています。

 

テレビ朝日時代

1977年4月、テレビ朝日(当時は全国朝日放送)

にアナウンサーとして入社しました。

宮嶋泰子と三雲孝江

宮嶋泰子さんはいわゆるおてんば娘で、中学、高校

とソフトテニス部に入っていました。

 

でも体育会には全く無縁だったし、スポーツ中継を

見ようと思うこともなかったそうです。

テレビ朝日が、モスクワオリンピックの放送権を取って、誰か女子アナをつけなきゃいけないって思ったんでしょうね。
私は77年に入社ですから、モスクワの放送権を獲得したその時の新人ですね。
77年の8月ぐらい、研修が終わって、「君はスポーツ担当」と言われて・・・

それまで大学でフランス文学科だったので、比較文化みたいなもや、政治の比較とか、どちらかというと、当時あった番組では「今、世界は」のようなものをやりたかったんですね。スポーツって言われて、私はショックでした。

  • アナウンサー兼ディレクター ➡︎ テレビ朝日アナウンス部副部長 ➡︎ 編成部(部長待遇→局次長待遇)➡︎上級マネージャー ➡︎ 編成局アナウンス部エグゼクティブアナウンサー兼編成部 ➡︎ 退職

 

1977年は、1980年のモスクワオリンピック独占

放送権を得た同社が、オリンピックに向けた人材

養成を見越してアナウンサーが9人採用された年。

 

同期のアナウンサーは古舘伊知朗、渡辺宜嗣、

吉澤一彦、佐々木正洋、中里雅子、南美希子等。

他局の同期アナウンサーは吉川美代子(元TBS)、

三雲孝江(元TBS)、益田由美(元フジテレビ)

など。

 

ビッグスポーツリポーター、スポーツレーダー

キャスターなどをこなす 日本初の女性スポーツ

アナウンサーとなり、 アスリートを取材する

ディレクター・レポーターとして活躍。

 

自ら企画、取材、構成、編集、ナレーション、

さらにはスタジオ出演という独自のスタイルを

確立したのです。

 

ディレクター兼リポーターとして18年間に渡り

橋本聖子、溝口和洋、伊東浩司、有森裕子他、

女子マラソン選手、清水宏保、塚原直也、

女子体操、新体操、男子シンクロ等のトップ

アスリートたちのドキュメンタリーを制作。

 

スピードスケートの橋本聖子選手や清水宏保

選手に初めてメディアとしてスポットライト

を当てたのは、宮嶋さんでした。

 

スピードスケートはそれまではマイナーな種目

で、あまり人気のあるスポーツではありません

でした。

 

ニュースステーション終了後は報道ステーション

にて引き続きスポーツ特集制作(室伏広治、井村

雅代、小平奈緒、タチアナ・ポクロフスカヤ、他)

を続けています。

 

ハンマー投げにスポットが当たったのも、彼女が

室伏選手の特集をしたおかげかも。

こうした特集制作本数は170本を越しています。

 

またパラリンピックの特集も1992年から始め、

1998年のアトランタパラリンピックでは社内の賞

を獲得。

 

1998年の長野パラリンピック、2000年のシドニー

パラリンピックでは連日速報ニュースを入れ、

障がい者スポーツ報道の先駆けとなりました。

 

1980年のモスクワ五輪から2006年トリノ五輪まで

五輪の取材は13回以上。

 

そのほか単発1時間番組ドキュメンタリー

「パラリンピック」

「小学4年生の遠泳日記」

「塚原直也体操にかける親子」

等の企画ディレクターを担当しています。

 

1992年度日本女性放送者懇談会賞・SJ賞を受賞。

 

2005年以降はスポーツ選手の難民キャンプ支援

などをテーマに番組を制作し、UNHCR(国連

難民高等弁務官事務所)に関する番組制作を行い、

難民映画祭でも上映されました。

 

モントリオール五輪女子バレー金メダリスト

ネパール難民キャンプ支援、マラソンの瀬古利彦

選手のタンザニア難民キャンプ駅伝など)

 

2015年1月に定年でテレビ朝日を退職。

その後も嘱託契約を結び、テレビ朝日でスポーツ

コメンテーターとして仕事を続けています。

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宮川紗江選手について

宮嶋泰子さんは、報道ステーションや9月2日の

サンデーLIVE!塚原夫妻に対する擁護

とみられるような発言をし、炎上の原因になって

しまいました。

宮川と塚原氏が話し合いを行った7月15日について「パワハラがあったといわれる15日、私はここにいたんですよ。
30人ぐらいの選手とコーチがいて、カメラもいて、私はドキュメントを撮っていたので宮川さんが部屋に入っていくのを見ているし、出て行くのも見ているし、多分、一番近くで見ていたと思います。

 

宮川さんは高校を卒業した後、自分は内村航平と同じプロ選手ですって宣言した初めての女子選手なんですね。
そういう意味でいろんなことを自分で意識的に持っている人だと思うんですけど。

それと同時に私が思ったのはちょっと思い込みが強いかなと感じていて
今回の「きっとそうに違いない、私は感じました」というコメントいっぱいありましたけど、本当にそうなのかって。

今回、いろんなところで話が交わされていますけど、ほとんどが、多分、そうなんだろうという思い込みをベースにみんな話しているんですね。
私は、真実、ファクトとかこれはこうだっていうものを少しづつ検証したいなと思っていろんな取材を今、続けています。

宮川選手のこと、あんまり好きじゃないのかな?

 

私が取材した限り、塚原千恵子さんは引き離そうなんていうことはまったく感じてないし、これは実際、暴力問題っていうのはこのプロセス見てきたからすごくよく分かるんですけど・・・

現場の選手から実はあのコーチはこういうことをやっている、だから私達は恐怖である、って話がコーチを伝わって塚原さんのところに行きました。

塚原さん慌てて、えって言って聞き取ったら、現場のコーチ、選手みんな見た見た見た、聞いた聞いた、っていう人、声も聞いているし暴力に関して「こりゃいかんって何とかしなきゃ」っていうので今回の問題に発展していくわけですね。

恐れを感じたのは周りの選手なんですよ。

宮嶋さんの論点をまとめると、

  • 塚原千恵子さんは「清廉潔白」「汚いことが嫌いな人」
  • 宮川紗江選手と速見コーチを引き離そうなんて感じていない。
  • 宮川紗江選手は思い込みが激しい。

 

これに対し、他の出演者から

引き離されるんじゃないかって宮川選手が感じたのは、そうした事実はないのに、感じてしまった?

と聞かれると「そうですね」と断言。

 

さらにその出演者がパワハラについて

だからこそ、パワハラが生じる余地があるんです。
だからこそご本人はもっと注意しないといけない。

と指摘すると、宮嶋氏は

「そうかもしれないですね」とうなずきます。

 

この後ネットが荒れました。

このようなツイートまで。

正確には「日本新体操連盟」の理事ですけどね。

 

宮嶋泰子さんのテレ朝以外での活動

  • 1989年~2003年 日本オリンピック委員会事業広報専門委員会委員
  • 1995年~2015年 日本体育協会生涯スポーツ推進委員会委員

 

  • 2001年~2003年 スポーツ少年団女子拡大委員会委員
  • 2001年~2012年 神奈川県スポーツ振興審議会委員
  • 2001年~ 横浜市スポーツ振興審議会委員
  • 2001年~2017年 独立行政法人日本スポーツ振興センター・スポーツ振興基金助成審査委員会委員

 

  • 2003年~2009年 スポーツ少年団機関雑誌「スポーツジャスト」編集委員
  • 2003年~2005年 日本体育協会広報スポーツ情報専門委員会委員
  • 2003年~2005年 文部科学省 子どもの体力向上推進事業 「手帳・カード等作成委員会委員」
  • 2003年~ 日本体育協会・総合型地域スポーツクラブ育成委員会委員

 

  • 2006年~ (日本自転車振興会)JKA(名称変更)公益事業振興補助事業審査評価委員会委員
  • 2006年~ 日本体育協会スポーツグランプリ選考委員会委員
  • 2006年~2011年 早稲田大学スポーツ科学部非常勤講師(スポーツビジネス論B)
  • 2006年~ NPO法人バレーボール・モントリオール会理事

 

  • 2007年~2016年 文部科学省 中央教育審議会スポーツ・青少年分科会委員
  • 2007年~ 公益財団法人日本障害者スポーツ協会 評議員

 

  • 2008年~ 公益財団法人かめのり財団 評議員

 

  • 2009年~2011年 「指導者のためのスポーツジャーナル」編集委員
  • 2009年~2016年 日本体育協会広報スポーツ情報専門員会員

 

  • 2010年~2013年 日本体育協会・日本オリンピック委員会創立百周年記念事業実行委員
  • 2011年~2015年 文部科学省 スポーツ振興に関する特別委員会委員
  • 2011年~2017年 文部科学省 政策評価に関する有識者会議委員
  • 2011年~2013年 日本サッカー協会 なでしこリーグタスクフォースメンバー
  • 2011年~2013年 国連UNHCR協会(UNHCRは国連難民高等弁務官事務所)協力員

 

  • 2012年~ 日本体育協会広報誌「Sports Japan」編集委員
  • 2013年~ 全日本柔道連盟「暴力撲滅プロジェクト」委員 後に「MINDプロジェクト」と名称を変更する(外部有識者として)

 

  • 2014年~ 全日本柔道連盟 コンプライアンス委員会メンバー
  • 2014年~ 2020東京オリンピック・パラリンピック組織員会メディア委員
  • 2014年~2016年 文部科学省 コーチング推進コンソーシアム委員
  • 2014年~2015年 国連UNHCR協会(UNHCRは国連難民高等弁務官事務所)顧問

 

  • 2015年4月~ 日本女子体育大学招聘教授
  • 2015年4月~ 順天堂大学客員教授
  • 2015年4月~2017年5月 公益財団法人日本バレーボール協会理事
  • 2015年6月~ 公益社団法人日本新体操連盟理事

 

  • 2016年3月~ NPO法人国連UNHCR協会 理事 (UNHCRは国連難民高等弁務官事務所の略)

 

  • 2017年6月 日本オリンピック委員会「平成28年度女性スポーツ賞」受賞
  • 2017年4月~ 学校法人二階堂学園理事
  • 2017年6月~ 公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(B.LEAGUE)理事
  • 2017年~2018年  文部科学省スポーツ審議会・スポーツ国際戦略部会委員

 

  • 2018年6月 NPO法人バレーボール・モントリオール会(モン・スポ)で宮嶋が担当する難民支援の「アジアスポーツフェスタ」や「女性スポーツ勉強会」などが評価され「内閣府・男女共同参画・女性チャレンジ特別部門賞」を受賞

 

「日本体育協会」「JOC」にも関わっていますね。

「日本新体操連盟」の理事になっていますが、

ここは「日本体育協会」の加盟団体です。

 

ちなみに塚原千恵子氏の夫・塚原光男氏は

  • 「日本オリンピック委員会(JOC)理事」
  • (公財)日本オリンピック委員会 理事

です。

 

公益財団法人日本体操協会

塚原光男氏が副会長 、塚原千恵子氏は常務理事

ナショナルアシスタントコーチでもあります。

(公財)日本体育協会 2018年度組織図

 

  • 明治44年(1911年)、大日本体育協会の創立は
    初代会長として嘉納治五郎先生が就任
  • 昭和23年(1948年) 財団法人日本体育協会に名称を変更
  • 平成元年(1989年) 日本体育協会から日本オリンピック委員会(JOC)が独立

 

繋がり、バンバンありますね。

だけど、宮嶋泰子さんの経歴からは、とても

そういうことで忖度する人とは思えないんです

が…

 

取材の仕方についても

一から十まであまりに入り込んで撮影してると「それは、ちょっと違うんじゃないの?」っていう時に、何も言えなくなっちゃうのかもしれないんですよね。

そうなると、私はやっぱり、「これは、方向性が違うかもしれないよね」っていうのは、選手と話したりするんです。

それに、マラソンの時などもテレビには放映権があるので、なかなか協会の批判とかもできなかったりするんだけど、それをあえてしたりしました。

それは私の力と言うより、番組が、スポーツ局じゃなくて、報道局の番組だったから言えたっていうのもあると思うんですね。
シンクロのジャッジのシステムに関しても、「ちょっとおかしいんじゃないか?」っていう番組を作れたりしましたからね。

テレビでは本当にやらないんですよ、自分たちが放映権を持っている競技に関しては一切批判的なことはやらないんです

でも、「このマラソンのセレクションはおかしい」とか「どうして、こういう選び方をするのか」っていう点を追求したり、ちゃんと両方の選手の気持ちを聞いてあげたり、っていう番組を作ってきたつもりではあるんですけどね。

とおっしゃっているくらいなんですから。

う〜ん…

 

そうそう、テレビ朝日2018年10月の世界体操

の放映権があるんですよね。

 

以前の放映権はNHK、それからフジテレビ

引き継ぎ、2017年からテレビ朝日の担当に

なったようです。

 

でもそれで忖度するんじゃ、取材方法についての

宮嶋さんの考えに反しますよね。

 

今はもう嘱託契約なんだし、もっと自由なんじゃ

ないのでしょうか?

それとも却って逆らえないのかな。

 

野村修也氏が宮嶋泰子氏を論破

 

パワハラについて野村修也氏は

パワハラがおこるのは、一定の権限・権力を持つから。

塚原千恵子氏が宮川選手にいった「オリンピックに出られなくなるわよ」という言葉には前段があるといっても、選手選考の権限を持つ塚原千恵子氏が言うとパワハラになる。

 

宮嶋泰子氏が

塚原千恵子氏は朝日生命クラブへ選手を引き抜いたのではなく、選手が朝日生命クラブに移籍したいと言って移籍してきたので、あって、引き抜きではない

と発言したことについては

「選手が自主的に移籍した」というが、それは朝日生命クラブの責任者が選手選考権限を持つ塚原夫妻だから。
塚原夫妻が引き抜かなくても選手から移籍してくる構造が作られていた。

との見解を示し、これに対しては宮嶋氏も

何も言えなくなったようでした。

野村 修也
日本の法学者。専門は商法。学位は法学修士。
中央大学法科大学院教授。
コメンテーターとしてテレビにも出演している。
ノースプロダクション所属。北海道函館市出身。

 

 

体罰が許せないから?

宮嶋氏は、もしかすると速見コーチによる暴力

が許せないのかも。

 

テレ朝のアナウンサー時代の「アナウンサーズ」

に、このような記載がありました。

2013/02/25 この際思い切って書きます。体罰の話

柔道の内柴選手の強姦事件に始まり、女子代表への体罰問題、さらには桜宮高校の体罰など、このところスポーツを仕事にする者として憂鬱なニュースが続いています。しかし、考えてみれば、こうした機会は、「スポーツっていったい何?」ということを考えるきっかけをくれたように思います。どうやら根は同じところにありそうです。

1977年、私がテレビ朝日に入社し、最初にかかわった仕事がバレーボールでした。1976年のモントリオールオリンピックの女子バレーボールの金メダリストたちとは今でも親しくさせていただいています。すでに60歳前後の彼女たちがよく昔話をしますが、そこには、体罰というよりも、いじめとしか思えないような実際の話がありました。

高校時代、髪を後ろから掴まれてそのまま体育館を一周引きずられた話、竹で太ももがミミズばれになるほど叩かれ、痛くて風呂にも入れず、それを見つけた母親が高校に怒鳴りに行った話、監督が投げた大きなガラス製の灰皿が額めがけて飛んできた話・・・聞くたびにぞっとするようなものが多くあります。

女子バレーはその後、大変盛んになり、高校日本一を決める大会などが注目されるようになりますが、ここでも、とんでもない話をたくさん聞きました。試合結果に怒った監督が選手の上着をびりびりに破って平手打ちを繰り返すという話。こうした監督の中には、かなり名前の知られた方もいらっしゃいます。また、選手は自分に恋心を抱かせるぐらいがいいんだと公言してはばからない男性監督もいらっしゃり、性的虐待にまで発展するケースも少なくありませんでした。しかし、それはすべて泣き寝入りだったのです。

これは決して過去の話ではありません。現代でもあちらこちらから漏れ聞こえてくる話は昔と大差ありません。ある大学のスポーツ系の学生に体罰をどう思うかと質問したところ、半数が容認派だったそうです。人間は自分の過去を否定したくありません。体罰を受けてきた子供はそれを是として、大人になった時には今度は体罰を行使する立場に立ってしまうのでしょう。

あるところで、女子バレーボール界の体罰について書いたところ、バスケットもひどい、少年野球もかなりのものだ、スポーツ少年団の中にもひどい指導者がいるなど、多くの声が寄せられました。

高校時代、同じクラスの女子バスケット部の子が目の周りに青たんを作って授業にでてきていた話。高校時代の体罰で片目の視力が低下し、今でもほとんど見えていないという女子バレー経験者の話。小学校の時には本当に楽しそうにバスケットをしていた妹が、強豪高校の部活に入った途端に、毎日泣いて、「死にたい」と繰り返していたという話。新体操のコーチから受けた体罰や言葉による攻撃で、毎日自殺したいと思いながら高校時代を過ごし、今だに人を信じられず精神的に不安な状態が続いているという元選手の話もありました。

さらに、体罰を行使する指導者やコーチ、監督よりもひどいのは、実際に自分は手を出さずに、上級生に命じて下級生を殴らせる監督の存在です。子供たちの心にどんな傷を残すかなど考えたこともないのでしょうか。もはや犯罪としかいいようのない、耳を覆いたくなるほどの話ばかりが続くのです。

テレビ朝日の仕事の他に、これまで様々なスポーツ関連の仕事を委嘱され、「スポーツは楽しいですよ。スポーツから学ぶことはたくさんありますよ」などと語ってきた私としては、もう情けなくて、げんなりというのが正直なところです。

一体どうしてこのようなことが起きるのでしょう。

スポーツの語源はラテン語のdisportです。持っているものを離す、すなわち、解放される、気晴らしという意味です。スポーツは日常の義務行為から解放されて、人間らしさを回復するというのがスポーツの語源です。ですから、スポーツをするとき、人はそれを楽しみ、そこから生まれる人と人の繋がりを心地よく感じることを大切にします。ゲームで敵となった相手に対し、ゲームが終了してノーサイドとなった時に、互いの健闘をたたえあうのも、「相手がいなければこの楽しい時間を過ごすことができなかった」と感謝の思いを表現している行為なのです。

36年間、トップアスリートの取材を重ねて、つくづく思うことがあります。鍛錬を重ねていく競技スポーツは、傍からみていると、厳しく辛いものに見えますが、当事者にとってはとても楽しいものなのだそうです。ハンマー投げの室伏広治選手が「スポーツは何にも束縛されない、身体をつかった自由な表現ですから」と答えてくれたときに、とても得心した覚えがあります。自分でハンマーに付けるセンサーを開発し、ハンマーの飛ぶ軌道を計測しながら投げ方を模索したり、赤ちゃんの動きを参考にしてコアトレーニングをしたりと、室伏選手のトレーニングを取材しながら、そこにスポーツの本来の姿を見たような気がしたものです。自分自身で考え、工夫しながら、自分の身体と対話をして競技と向かい合う。スポーツの醍醐味はそこにあるのです。

スポーツで最も大切なのは、スポーツをする本人、選手です。決して監督、指導者、コーチではありません。日本語でスポーツをする人を表す「選手」という言葉自体、「選ばれた手」という意味ですから、これは監督が選んだ駒という意味を示していることになります。「アスリートファースト」「プレイヤーズファースト」という言葉はようやく日本でも聞かれるようになってきましたが、まだまだ実際に浸透しているとは言えません。この考え方が日本に根付くとき、日本のスポーツが変わるときだと思います。

体罰は、監督、コーチや指導者が、自分の思い通りにならない時に発揮する暴力手段です。選手はコーチの操り人形ではありません。選手が自ら考え、工夫できるようにアドバイスをし、より高いパフォーマンスを求める動機づけをしていくのが、本当のコーチの仕事でしょう。手を出したくなった時に、それを止める自制力。なぜ怒ったのかを分析する力。そして分析の結果、どうすれば解決できるかを考え、言葉でアドバイスができる力を付けることが求められているのでしょう。

指導者、コーチ、監督が変わるだけでなく、システムも見直す必要があるのではないでしょうか。長い間取材をしながらいつも首を傾げていたことがあります。小学生や中学生に全国大会は必要なのでしょうか。地域の大会だけで十分ではないでしょうか。大学の研究者によると、欧州では16歳までの全国大会は行われておらず、日本は異常とのことです。この全国大会が生み出す害は見逃せません。

小学生のころから地区でトップをめざし、全国大会で優勝をすることを夢見る子どもたち。それをけしかける親、監督、コーチ、指導者たち。子供たちはスポーツに接する最初の段階で、楽しさや面白さを自分たちで感じる前に、一つの競技で「勝つこと」ばかりを教え込まれます。身体の発達に応じて様々なスポーツを楽しみながら、自分に向くベストのスポーツを探すことなどもってのほかです。勝つための小手先の技術が教えこまれ、ジュニア時代はそこそこ強いけど、大人になると、海外選手に負けてしまうのが日本の選手と言われ続けて久しいのです。

スポーツって嫌だな!と思う子供たちがいるならば、きっとその原因があるはずです。
子どものころに出会ったスポーツと一生付き合っていけるためにも、まずは、楽しさ面白さを知ってもらい、「アスリートファースト」「プレイヤーズファースト」を監督、コーチ、指導者が実践していく必要があるのでしょう。

日本のスポーツが、この一連の事件を契機に、大きく変わってくれることを期待して、スポーツを傍から見つめ続けてきた者として、あえて書かせていただきました。
「スポーツは、やる人が主役です」

 

宮嶋泰子氏は

数あるスポーツの中でも、体操競技は私が大好きなものの一つです。
(中略)
そうそう、選手の名前は知らなくても、カサマツ跳び、ツカハラ跳びなどという技につけられた名前は皆さんも聞いたことがあるんじゃないでしょうか。

とおっしゃっていたこともあるので、

その体操競技で暴力があったというのは、

本当に許せないのかもしれません。

 

でもそうだとしても、プロとしてまっすぐに

物事を見る人だと思ったのにな〜・・・

 

塚原千恵子さんという人を尊敬していたのかも。

やっぱり謎です。

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まとめ

調べるほどに宮嶋泰子さんという人が、

今回のことに関してはわからなくなります。

 

なにか誤解しているのか、それとも誤解されて

伝わっているのか…。

 

私も最初は宮嶋泰子さんの発言に「ひどい!」

と頭にきたんですけど、そんな人じゃないよう

な・・・・????

 

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