村雨辰徳はなぜ筋トレしたの?本名や帰化した訳も調査!結婚は?

ある夜突然テレビに映った、謎の「筋肉体操」

な、なんじゃこりゃ!?

と思ったのは、私だけではなかったみたいで、

ネットではかなりの話題になっています。

 

たった5分の体操だけど、きついこときついこと。

武田真治って、俳優だよね?

いつのまにこんなムキムキに?

 

そのうえ謎すぎる他の二人は誰なの!?

なぜ弁護士と庭師が!?

庭師外人だし!?

 

そして「筋肉は裏切らない!」と叫んで番組は

終わったのでした。

 

再放送までしっかり見ましたよ!

NHKに嵌められてしまった…。

 

そろそろ謎の二人を調べてみることにしよう。

まずは庭師の兄ちゃんから。

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庭師・村雨辰剛さんのプロフィール

謎の庭師は、名前まで謎でした。

  • 名前  :村雨辰剛(むらさめたつまさ)
  • スウェーデン名ヤコブ・セバスティアン・ビヨーク(Jakob Sebastian Björk)
  • 出身地 :スウェーデン南部のマルメという都市のそばのエルケルユンガという非常に小さな街
スウェーデン・マルメ
  • 生年月日:1988年7月25日(30歳)
  • 身長  :182cm
  • 3サイズ:B.101 / W.78 / H.96
  • 特技  :トライリンガル(日本語 スウェーデン語 英語) 造園技術
  • 趣味  :筋トレ 肉体改造 盆栽

彫刻みたい!

 

プライベートでは和服を着、落語を愛し、

日本酒と演歌が大好き。

北島三郎の「職人」とか、心に染みますね。
僕自身はあまり歌はうまくないんですけどね。

カラオケでは北島三郎「故郷」を歌うそう。

 

スウェーデンはイケメン都市!

イギリスの新聞社サイト『dailymail.co.uk』で

『世界のイケメン都市トップ10』というのを

行なっていたのですが、村雨さんの出身地である

スウェーデンのストックホルムが1位だそうです。

 

ちなみに2位〜5位は

  1. ニューヨーク、アメリカ
  2. アムステルダム、オランダ
  3. リスボン、ポルトガル
  4. ブエノスアイレス、アルゼンチン

 

ついでだからスウェーデンのイケメンをちょっと

調べちゃおう。

 

ヴェルムランド公カール・フィリップ王子(Prins Carl Philip)

39歳。

本当の王子様。

 

フレドリック・ユングベリ(Karl Fredrik Ljungberg)

サッカー選手。

カルバンクラインの下着モデルとしても有名。

 

エリック・アンダーソン(Erik Andersson)

”妖精”と称される美貌のイケメンモデル

 

Helge Gjerstad(ヘルゲ・ゲールスタッドでしょうか?)

知的な感じのモデル

 

はあ〜、目が良くなりそうだ。

私は、日本人のイケメンって「中身はロクなのが

いない」と思ってる方なんですが、スウェーデン

では彼らのような人がゴロゴロいるらしいので、

本人たちは自分のことを大してイケメンだとは

思っていないらしいとか。

ホントかな?

 

スウェーデン人の特徴

スウェーデン人は平均身長が180cm以上で、祖先

はゲルマン民族のヴァイキングだということです。

イメージはこんなだよね。

ヴァイキングのイメージ
ヴァイキング
800年 – 1050年に西ヨーロッパ沿海部を侵略したスカンディナヴィア、バルト海沿岸地域の武装船団(海賊)。
しかし略奪経済を生業としていたのではなく、収益の大部分が交易によるものだったと言われている。
ヴァイキングの装備の特長は丸盾と大型の戦斧で、角のついた兜は、古代ローマ時代にローマと敵対したケルト人の風俗が、後世になってヴァイキングの風俗として訛伝されたものである。

スウェーデンの男性は筋肉質で、ブロンドヘアに

ブルーの瞳、頬骨の位置はやや高く、シャープな

輪郭が特徴です。

 

ヴァイキングの子孫と聞くと、さぞ荒々しい性格

かと思いがちですが、実はスウェーデンは

「ヨーロッパの日本」と言われています。

 

本音と建前を区別するところがあるみたいだし、

節度や協調性を重んじる国民性があるようです。

 

また以心伝心の文化もあり、「察する」という

ことも日常なので、ラテン系の国民のように派手

なボディランゲージは嫌うみたい。

 

パーソナルスペースもとても大事にするので、

日本人のようにきちんと列に並ぶし、相手との

距離もとります。

 

服装も地味目で、冬などみんなが黒や茶色の上着

を愛用しているようです。

 

ここまで聞くと、スウェーデンの男性って理想的!

って思うんですが、やはり日本人とは違う部分も

ありました。

 

まず、精神的に大人というか独立しているという

か、非常に小さい頃から、疑問に思ったことは

自分で調べて勉強する習慣があり、人から教えて

もらうということを嫌う人が多いらしいです。

 

またスウェーデン社会は男女平等が確立している

ので女性に専業主婦という観念はなく、結婚して

も家計は二人で支え、家庭内は別会計だとか。

 

その代わり男性もしっかり育児をします。

父親も母親も、ともに最低90日の育児休暇を取ら

なくてはいけないし、夫婦で480日の育児休暇が

あるので、残りの日数はどちらが取るか自由に

決められます。

 

給料も、最初の360日は普段の給料の77.6%、

残りの90日は一日につき180kr(2600円)など、

その夫婦の状況によって多少差はあるようです

が、しっかり出ます。

 

結婚の概念はどちらかというと「契約」に近い

ようで、「事実婚」も認められているし、籍を

入れないままのことも多いみたい。

 

で、愛がなくなるとサラッと別れる。

離婚率は世界で3番目だといいます。

(1位はロシア、2位はアメリカ)

 

日本に似てるところと違うところの差が大きい

けど、女性としてはスウェーデンの方が安心

して住めそうな気がするなあ。

 

そうそう、『魔女の宅急便』はスウェーデンの

「ヴィスビー(Visby)」という、ゴットランド島

にあるスウェーデン王国南東部の街がモデルだと

言われているそうです。

Visby

 

スウェーデン・ヴィスビー

 

『H&M』の本社はスウェーデンだし、『IKEA』

もスウェーデンが発祥ですね。

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村雨辰剛さんの経歴

ではヤコブ・セバスティアン・ビヨークさんが

村雨辰剛になるまでの経歴を見てみましょう。

 

スウェーデン時代

ヤコブさんが4歳の時に両親は別れ、ヤコブさん

はお母さんと暮らすことを選んだそうです。

 

4歳で!?

自分で選んだの!?

 

先に説明したように、スウェーデンの家族関係は

極めて自由なので、やがてお母さんは結婚して

養父と一緒に暮らすようになっても、実のお父さ

んにも変わらず会って、普通に父親と息子として

過ごしてきたらしいですね。

 

実のお父さんの方も別の女性と結婚したので、

ヤコブさんには異父・異母きょうだいが6人いて、

皆と仲良くやっているそうです。

写真は6歳ぐらいだそうです。

小学生の時は悪戯好きで活発でしたが、中学生に

なって思春期に入ると内向的に。

 

語学と歴史が好きで勉学に没頭していましたが、

数学だけは興味を持てず、成績もいまいちだった

そう。

 

また古いものや伝統文化に興味があり、インター

ネットでさまざまな国の歴史や文化を調べていく

うち、日本が気になるようになったようです。

 

日本との出会い

漫画やアニメの印象しかなかった日本でしたが、

調べるうちに神道や仏教、戦国時代、古い建物

や伝統文化にも惹かれていきました。

 

スウェーデンでは日本の情報がほとんど入って

こないので、東洋の秘境をのぞき見ているような

ワクワク感を覚えたそうです。

 

でも本屋で辞書を探しても置いてないし、それじゃ

日本語の勉強ができない!

 

それで、ネット上で知り合った日本人にチャット

で日本語を教えてもらい、それがきっかけで16歳

の夏休みに逗子と横須賀で3ヶ月のホームステイ

体験をすることになりました。

 

その家は昔ながらの日本家屋で、仏壇の前で毎朝

お経を読んだりする家庭。

 

でもさんざん調べていたので、想像と現実にそれ

ほど大きなギャップはなく、歴史的な建造物など

古い日本文化に触れているのは居心地がよかった

そう。

 

特に惹かれたのは「わび・さび」という考えで、

古いものや自然のものに価値を見いだす美意識が

素晴らしいと感じ、帰る頃には「いつか日本に

住む」と決めていたといいます。

 

スウェーデンというのは伝統や文化を大切にせず、

新しいものを次々と取り入れるお国柄らしいので

すが、ヤコブさんにとってそれは悲しいことでし

た。

 

それでいて、EU加盟国だから域内であれば移動も

移住も自由なのに、外国へ出たがらない国民性。

 

でもヤコブさんは、スウェーデンとはなるべく違う

環境と文化の中で生活してみたかったので、それが

日本に興味を持つきっかけだったようですね。

 

日本へ!

高校を卒業したヤコブさんは、大学に進学せず

半年程アルバイトをしてお金を貯め、18歳で

再来日。

 

もちろん最初から順調にいった訳ではありません。

日本語能力はまだ低かったので会話にも苦労する

毎日の中、名古屋の語学学校の英語とスウェーデ

ン語教師をしながらスポーツ用品の販売店にも

勤務していました。

スウェーデン人は勤勉で、労働観も日本人と似ています。
もっとも、日本の『お客さまは神様です』の精神は、行きすぎではないかと疑問に思うことも多かったですね。
何より、本当にやりたい仕事をできていなかったことが、最大の悩みでした。

やがて23歳になり、そろそろ本当にやりたいこと、

一生を賭けられる仕事に挑戦しなければと思った

頃、たまたま求人雑誌で造園業の仕事を見つけた

のです。

 

調べてみたら『日本庭園を造る仕事』。

これはぜひやってみたいと思ってすぐ面接に行き、

見習い庭師に採用されました。

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憧れの徒弟制度

実はヤコブさんの夢は、「日本の徒弟制度で修行

すること」だったんです。

徒弟制度の中で働けるのなら、それこそ和食の世界でも、宮大工でも何でもいいと思っていたんです。
すると23歳の時に造園業のアルバイト募集の広告を見つけ、応募しました。

親方、兄弟子などの上下関係は絶対で、日本の

若い世代には敬遠されていますが、ヤコブさん

にとっては憧れの世界。

 

幸運なことに最初の就職先の“親方”が、欧米で

和風庭園の設計も担当し、英語も堪能な方でした。

 

ただ既に「弟子」の枠は満杯だったため、愛知県

西尾市にある加藤造園に、庭師として入門。

西尾市という所は、昔から造園業が盛んな地域で、

ここで“本当の「親方」に出逢えたわけです。

嬉しかったですね、僕にも“親方”と呼べる人ができたんだと感激しました。
夢中で働きました。
休みも収入も少ない。
でも、働けているだけで嬉しかった。

 

日本に多くの伝統文化が残っているのは、この制度があったからだと思います。
ヨーロッパにも中世の頃にはありました。
でも今ではほとんど残っていません。
スウェーデンでは、大工になるには専門学校に進んで技術を学びます。
徒弟制度とは異なりますね。

 

造園業の下積み時代

本当のところ、ガーデニングには、全くといって

いいほど興味がなかったヤコブさん。

 

でも日本庭園には日本独自の美意識が生きている。

「これだ!」と思って弟子入りしたのはいいんで

すが、真夏で初日に熱中症で倒れて病院行きに。

 

スウェーデンとは違う日本の真夏。

下手したら命の危険もありますからね。

 

迷惑をかけてしまうと悩んだ挙句、1日目で

「辞めます」と親方に伝えたそうです。

 

でも辞めたことをずっと後悔し続けて1ヶ月後、

後に入った若い人が辞めたと聞いて、親方に

「もう一度、チャンスをください」と頼み込み

んだところ、親方はOKしてくれました。

 

それでも、野外の仕事は大変だし徒弟制度は

きつい。

 

現場は8時からで、会社には7時に行き、

日が暮れたらその日の仕事は終了という毎日。

若いといっても我慢の限界がある。
『日本庭園の仕事を覚えたい』という気持ちがなければ、とても続かなかったでしょうね。

 

まずは見習いから始めますが、1年目はずっと

掃除や雑草を刈りながら、親方や兄弟子の仕事を

見て覚えていきます。

 

雑草をひたすら刈ることで忍耐力が養われ、それ

は庭師の全ての仕事の基本となるそうです。

 

下積み時代に忍耐力を育てておかないと、のちに

『剪定』などを行うようになった時、絶対に失敗

できない、というプレッシャーに耐える忍耐力が

育たないらしい…。

一度切っちゃったら、元には戻せませんもんね!

 

2年目からははさみをもたせてもらえましたが、

間違った切り方をすると親方にすごく怒られた

ようです。

 

一人前になるには5年から10年はかかる世界。

クロマツを自分一人で手入れできるようになった

ら一人前みたい。

 

毎日近くにいて親方の側で仕事を見ていると、

やがて「絆」のようなものが生まれてきます。

 

「親方」は本当に「お父さん」のような存在で、

なんでも相談できるようになったし、兄弟子も

面倒見の良いお兄さんみたいで、まるで家族の

ように感じるのだそうです。

 

ヤコブさんの感じた日本の徒弟制度は、精神面

でも大きな収穫があったようですね。

 

帰化

ヤコブさんは2015年の7月、26歳で日本に帰化し、

村雨辰剛(むらさめたつまさ)という名前に

なりました。

 

なぜ帰化したかといえば、このまま日本に住むと

決意していたから。

きちんと投票もして、自分が暮らす社会に影響を与えられる、一人前の人間になりたかった。
でないと、胸を張って『日本にずっと住んでいきます』とは言えないんじゃないかと。
そんなこだわりと責任感、そして何より最初に訪れた時からずっと変わらず日本が好きだから、帰化は自然な選択でした。

一人前の人間として社会に参加しなければ、

という意識は、日本人も見なわらなきゃなり

ません。

 

それでももちろん悩みもしたし、両親の反対も

あったといいます。

 

お父さんには

もし戦争になったら、日本のために戦って死ねるのか?
それくらいの覚悟はあるのか?

と言われたそうです。

 

日本人にはなかなか無い発想!

でもその覚悟をしてまで帰化したということなん

ですよね!

今ではスウェーデンに1週間も帰国していると、

味噌汁が飲みたくて仕方がなくなるとも。

心身ともに日本人だわ。

 

ところで「村雨辰剛」という名前はどこから

つけたのでしょうか?

 

帰化できたら日本名が欲しいと思って、以前から

考えてはいたようですが、自分で自分の名前をつけ

るのには抵抗があったんだそうです。

 

それでお相撲さんは親方に名前をつけてもらうこと

から、自分も親方に名前をつけてもらおうとお願い

したところ、最初は「責任が重すぎる」と断られた

とか。

 

多分、「そこをなんとか」とか言ってねばったんで

しょう。

 

それでまず、親方のお父さんが「村雨」という苗字

だったのですが、作家みたいでかっこいいと思って

これに決定。

 

なぜ作家のイメージ?

と思ったのですが、「村雨」から刀を連想したよう

です。

私もすぐそう思ったし。

 

「村雨」『南総里見八犬伝』に出てくる架空の

日本刀。

「妖刀村雨」とかよく言われるやつだよね。

(でも『八犬伝』「村雨」は呪われている設定

じゃあなかった!)

 

「辰剛」「辰」ヤコブさんが辰年生まれだか

らで、「剛」は親方の名前から勝手に頂いたとか。

 

あれ? 勝手に頂いた?

親方につけてもらった、と何かで読んだんですが、

実は自分でつけたのかな?

 

悩み

ところで村雨さん、経験を積むにつれ、だんだん

別の不満が出てきたんです。

それは日本人が和風庭園を大切にしないことです。

 

現在、造園業で最も多い仕事は「日本庭園を潰し、

西洋風の庭に変える」こと。

これは村雨さんとしては悲しすぎるよ!

 

このままではいけない。

日本庭園の素晴らしさを知って大切にしてほしい。

 

そういう想いからSNSを始めたところ、テレビ局

の方々が興味を持って、出演依頼がくるように。

 

喜んで出演していると、今度は芸能事務所から

声がかかり、タレント活動も開始。

いわば“二足のわらじ”を履くようになりました。

 

今では都内の大手造園会社に勤務し、現場の責任

者として次第に“親方”に近づきつつある村雨さん

のことを、心配する声も強いそうです。

まあそうでしょうねー。

特に愛知の親方は、非常に心配しておられますね。
私は帰化したので、今は日本国籍。
日本名の『村雨辰剛(むらさめ・たつまさ)』は、親方の命名です。

私はタレント活動が庭師の修行を妨げるとは考えません。
むしろ経験がプラスになると思っています。
知名度が増せば、日本庭園を大切にしてほしいという私のメッセージに、もっと耳を傾けてもらえるようになるはずです。

全ては愛する日本庭園のためなんですね!

名前はやっぱり親方が命名してました!

五年間の修業先、今日最後の日を迎えました。
これからも庭師として成長できるように努力をします。
親方長い間お世話になり、今までありがとうございました!

 

庭師の仕事の面白さ

庭師の仕事というのは現場が毎日変わるので、

毎日違う刺激があるし、扱う植物もその都度

違う。

 

それに設計・施工・管理と幅広い仕事なので、

飽きることがないそうです。

 

だけど仕事を依頼して村雨さんが来たら、その

家の人はかなりびっくりするよね。

江戸っ子のお年寄りだと「誰だてめえは〜!?」

とか叫びそう。

大抵の人は驚きます。
申し訳なくなりますけど(笑)。

お伺いした家の奥様が休憩時間に飲み物を用意してくださることがあるんですが、親方と兄弟子はお茶で、僕はジュース、ということもあります。
多分、外国人だからだと思いますが、僕自身はお茶のほうがずっと好きなんです(笑)。

でもそういう心遣いは日本人しかできないことだと思います。一番うれしいのは、僕の仕事を見て「外国人なのに上手だね」とか、「仕事が美しいね」といわれることですね。

だそうですので、これを読んだ方でお仕事を依頼

される方がいらっしゃったら、休憩時にはぜひ

渋〜いお茶を出してあげて下さいね。

 

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筋肉

これで、この『みんなで筋肉体操』を作るに

当たって村雨辰剛さんにオファーが来たのは

うなずけたけど、そもそもなんで筋肉を鍛える

ようになったのでしょうか?

 

実は村雨さん、養父に憧れていたんだって!

空軍に勤務していて、優しく厳しい典型的な

“オヤジ”だったようです。

 

高校を卒業したら、養父のように軍隊で働きたい

という気持ちもあって、体を鍛えるようになった

みたい。

 

スウェーデンって徴兵制なんだよね。

(2010年に廃止、2018年1月から再開)

軍に入るなら陸軍のレンジャー部隊に進みたいと志願しました。
ただ、当時はロシアとの関係が良好だったので、軍縮傾向が強かった。
そうしたこともあり、最後は日本で働くほうを選びました。

 

軍服も似合ってたでしょう。

ただし人を殺してほしくはないなあ。

 

トレーニング方

トレーニングはフリーウエートを使った筋トレを

自宅で週5~6回程度。

 

基本は筋トレだけですが、体脂肪を落としたい時

は有酸素運動もするそうです。

2年前に大会に出ました。ボディービルの分野の一つで、よりファッション要素が強いやつに。

 

一番こだわっている筋肉は「大胸筋」。

でもベンチプレスはそんなに上がらないそうで、

重さよりも回数を多くやるタイプだとのこと。

2~3年、サボらず徹底的にやれば誰でもこれくらいにはなれますよ。
食事は基本的にたんぱく質と野菜多めで、炭水化物はその日の活動に必要な分だけ。
白米は1食あたり茶碗半分~1杯分くらいですね。
僕も元々はガリガリだったんです。
筋肉に才能は関係ない。
だから、諦めないでください。

私が猫になりたい…

 

結婚してるの?

帰化したと聞いて、てっきり結婚してたのかと

思いましたが、どうも独身のようです。

 

「庭師」という仕事で、帰化を認められたんで

しょうかね?

 

彼女の情報もありません。

検索すると「ダレノガレ」という名前が出てきま

すが、これはダレノガレさんのお兄さんが造園業

をしているからのようです。

 

村雨さんも造園の仕事が軌道に乗ったら、いずれ

日本女性との結婚を考えるかもしれないですね。

 

ちなみに、自分のルックスを自覚したのは中学生

の時だそうです。

やっぱり自覚はあったのね。

内気な日本の女性と違い、スウェーデンの女性はストレートに気持ちを伝えます。
私もかなりの回数、“告白”されました。
ただ語学と歴史の勉強に夢中で、当時は異性への関心が皆無でした。

ってことは、スウェーデンの中でも村雨辰剛さん

は、かなり目立つイケメンということですね!

 

ティーンエイジャーが異性への関心が無いって

ことはないと思いますが、まあ興味が日本の方に

あったからな。

 

盆栽も生花も習っている村雨さんですが、

今後は茶道もやってみたいそうです。

日本一、花の似合う庭師だよ!

 

庭師はみな茶道と華道をやらなきゃならなかった

時代もあったそうです。

 

着物を着るのが好きだというし、これでお茶を

入れてたら似合いすぎて怖い。

外人さんが着物を着ていると、たいてい似合わな

いものだけど、さすが、彼の場合は決まってます。

 

日本庭園に命をかける男村雨辰剛

日本の宝だね!

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まとめ

村雨辰剛さんが仕事しているところを見ていたら

日本庭園のある家に住みたくなってきたかも。

 

それで村雨さんに手入れを頼んで、縁側でお茶を

すすりながら眺めているって、いいかも〜。

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