多和田葉子に夫や子供はいる?経歴や作品・イベント!高校・大学は?

イースターキャンドルと本

2018年11月14日、ドイツ在住の多和田葉子さんの
「献灯使」全米図書賞(National Book Awards)
翻訳部門(TRANSLATION)で受賞されたそう
です。

多和田葉子さんは1993年に「犬婿入り」芥川賞
を受賞しているほかにも、日本でもドイツでも
いろんな賞を受けている方。

全米図書賞というのは、アメリカで最も権威ある
文学賞の一つで、アメリカではピューリッツア賞
に次ぐ有名なブック賞なんだそうです。

受賞者には副賞として賞金10,000ドル
クリスタルの彫像が贈られます。

日本語で書かれた本の翻訳がこの賞を受賞するのは
1971年に川端康成「山の音」
1982年に樋口一葉の作品集の翻訳が受賞して以来、
36年ぶりのこと。

多和田さんの本を読んだ人に「この作品を自分が
翻訳して自分の国の人にも読んでもらいたい」
いう強い思いを湧き立たせる本なんですね!

では多和田葉子さんとはどんな方なんでしょうか?
どんな作品を書かれているんでしょうか?
結婚してらっしゃるんでしょうか?
お子さんはいるのでしょうか?
なぜドイツに行かれたんでしょうか?

多和田葉子さんのプロフィール

生年月日:1960年3月23日(58歳)
出身地 :東京都中野区

職業  :小説家・詩人
*日本文学史上ほとんど前例のない
日独バイリンガル作家

*ハンブルク、ベルリンを中心にドイツ語と
日本語で、執筆や朗読活動を続けている。

*作品はドイツ語でも20冊以上出版されており、
フランス語、英語、イタリア語、スペイン語、
中国語、韓国語、ロシア語、スウェーデン語、
ノルウェー語、デンマーク語、オランダ語などの
翻訳も出ている

英語もドイツ語もペラッペラですねー!
何カ国語を話せるんでしょうか?

活動期間 1991年 –

 

代表作

  • デビュー作 『かかとを失くして』(1991年)
  • 『犬婿入り』(1993年)

  • 『ヒナギクのお茶の場合』(2000年)
  • 『容疑者の夜行列車』(2002年)
  • 『雪の練習生』(2011年)
  • 『雲をつかむ話』(2012年)

 

主な受賞歴

  • 第34回群像新人文学賞(1991年/『かかとを失くして』
  • 第108回芥川龍之介賞(1993年/『犬婿入り』
  • ドイツのシャミッソー文学賞(1996年)
  • 泉鏡花文学賞(2000年)
  • ドゥマゴ文学賞(2002年)
  • 伊藤整文学賞(2003年)
  • 谷崎潤一郎賞・伊藤整文学賞(2003年/『容疑者の夜行列車』
  • 早稲田大学坪内逍遙大賞(2009年)
  • 紫式部文学賞(2011年/『尼僧とキューピッドの弓』
  • 野間文芸賞(2011年/『雪の練習生』
  • 読売文学賞・芸術選奨文部科学大臣賞(2013年/『雲をつかむ話』

「献灯使」(けんとうし)

大地震や原発事故といった大災害に見舞われた後
外来語も自動車もインターネットもなくなり
鎖国状態になった日本が舞台の近未来小説。100歳を超えても健康なまま生き長らえる作家・
義郎は、学校に通う体力もないひ孫の無名(主人公)
を心配する。
無名は「献灯使」として日本から旅立つ。
時代を覆う閉塞感(へいそくかん)を描写した作品。

 

『献灯使』という小説には日本語でしかできない言葉遊びがとても多いので、いろんな技を使って英語に訳してくれた翻訳者の功績が大きいです。
こういう訳しにくい本を見ると情熱的な翻訳者は燃えるそうですので、これからも『これを訳してみたい』という野心を起こさせるような小説を書いてみたいです。

 

感想

義郎は犬貸し屋から犬を借りて走る。
現実にありそうな事だが、読み進むにつれて違う世界の話で、自分がどれだけ先入観に囚われていたかと思う。

いや、違う世界だと思った事自体が私の思い込みで、この話は現実なのかもしれない。
世界観が解き明かされる面白さと、ファンタジーと言い切れない作者からの問題提起を感じた。

多和田さんの本を読むといつも戻って来れなくて困る(笑。言葉のチョイスの一つ一つがツボ。)
小学生の曾孫とおじいさんの不思議な生活。
妻や孫やこどもは何処に?
他の短編も含めて、ないようで、ありそうで怖いです。

通常、「未来」であったり、「希望」の象徴として捉えられている「子ども」が、弱々しく、大人たちより先に死んでしまう世界。

彼らが無邪気で、大人たちにない軽さを備えた存在であるように描かれているだけに、一層暗澹とした気分になります。

標題作を、夜、寝床で読んでいると、この作家の独特の言葉遣いに、柔らかく包まれているような陶然とした気持になってしまいました。
名作です。
面白く読める他の収録作品が、物足りなく感じてしまうほど。

「無名」のネーミングでダメでした。僕の脳みそが拒否しました。笑
本を見れて良かったですが、この作者の本はもう借りない、読まないですね。
「文学的な」とか「文学」みたいな小説はパスしてます。
意味がわからない状態が長々と書いてあるので読んでてイライラして読むのを辞めました
登場人物の名前の与え方や肉体的・精神的な特徴の特異性、新造語の多発や言葉遊びなどで設定がわかりにくく、取っ付きにくい作品だと思う。

実際、最初は退屈だった。
しかし収められた五篇を読み進めると、途中から作者が自分の主張をいかに物語に織り込む努力をしているかと、ということが気になるようになった。

こっ、これは、きっと今年一番の難解な本だろう。
自分が馬鹿なのかもしれないと落ち込みました。
こんな私を赦して下さい。と、多和田さんに謝りたい。

官能的な言葉遣いに、障碍者の青年らの健気なアクションが優位に働いて、とってつけたような遊び言葉に人の機微の美しさや楽しさをうっかり感じながらも、絶望的な世界観に引きずり込まれる。

作者の日本の近未来像は、死にたくても元気で死ねない100歳はざらに越える老人らが、肉体の衰えを介助器具に頼って生きざるをえない10代の青年らを鎖国化した日本で診護るという冒頭部分から、“世界の始まりの終わり”が予期され、読者の胸ぐらを掴んで離してくれない。

言葉のセンスとか言葉で埋め尽くされた感じがいい、ギラギラしてた頃の村上龍の作品を思い出しちゃったのは自分だけでしょうか?
文体とか言葉の選び方とか好きなんだけど、世界観がSFなようでリアルに50年後くらいにこんなになってそうで恐かった。
何より気持ち悪い。
エヴァ観たときのような気持ち悪さというか。
表紙や挿絵と、のどかなようで残酷なお話がマッチしていた。

 

 

多和田さんはこのようにおっしゃっています。

英語は便利かもしれませんが、英語だけ使っていたら世界の文明は萎縮し後退し廃れてしまいます。
いろんな言語があることによってそれぞれの言語も活性化して豊かになっていく。

それから一つの言語の中にも、もともといろんな言語が含まれているんじゃないかと思うんです。
日本語だけで小説を書くとしても、その日本語にいろいろ外来語も入っているし、それから明治以降ヨーロッパの言葉を苦労して訳すことで出来た言い回しや新語もたくさん入っている。
その前に漢文を通して中国語の影響下で生まれた表現もある。ということで、日本語の内部に多様性がまずあって、それが更なる言語と出会うことで、ますます多様になっていく。

それはいいことだという気がするんです。
だから翻訳文学も大切なんです。

たとえば外国文学を日本語に訳してみる。
そうするとなかなか日本語に訳せない言葉があるから、すでに使われていない古い言葉を探してきたり、自分で何か言葉を創ってみたりと、いろんな工夫をするわけです。
そのことで日本語が豊かになってくる。

私は出来れば多言語の小説を書いてみたいと思ったんです。
でも実際にロシア語とドイツ語と英語と日本語を混ぜて書くとかそういうことではなくて、日本語だけなんだけど、そこに何かいろんな言語が感じられるような日本語を書いてみたいなと。

たくさんの言語、それらを使っている(使って
いた)たくさんの人々。

ここにある感想には、何か共通したしたものを
感じたのですが、少なくとも「言葉」であること
は確かだと思う。

経歴・学歴

  • 1960年 東京都中野区生まれ
  • 1965年 東京都国立市に越す
  • 1965〜1976年 国立市富士見台団地に住み、近くの国立第五小学校国立第一中学校に通う。
  • 1975年 都立立川高校入学。
    *第2外国語として、ドイツ語を習い始める
    *文芸部や同志で同人誌を頻繁に出す。
  • 1978年 早稲田大学第一文学部入学。
    *学生時代を通して早稲田の語学研究所でドイツ語も勉強。
    *高校〜大学時代は、友人と同人誌をたくさん作った。
  • 1982年(21歳) 早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。
    *卒論はベーラ・アフマドゥーリナ(1937年4月10日 – 2010年11月29日。モスクワ出身のソ連およびロシアの詩人、翻訳家)

 

多和田さんは大学の卒業式にも出席しないで、
インドに旅立ちました。

インドの通りの風景

よっぽど日本から出たかったのでしょうか。
世界を見たくてたまらなかったんでしょうか。

その後イタリア、ユーゴスラビア(1982年当時)
を通って、最終目的地ハンブルグに到着。

 

ドイツに行ったわけ

ハンブルグに来た目的、あるいは関心事は、
母語と他の言語の溝に身を置いてみること」
だったそうです。

ハンブルクの橋

現地の書籍取り次ぎ会社で2年ほど働く予定が、
ハンブルグ大学文学部に吸い寄せられていった
結果、1986年にジークリット・ヴァイゲル教授
に出会い、1990年2月に修士論文を書くに至った
(ドイツ文学修士)んだそう。

ドイツで暮らし始めて6年目の1988年、初めて
ドイツ語で小説「ヨーロッパのはじまるところ」
を書く。
(英語、フランス語、チェコ語にも翻訳される)

1991年、「かかとを失くして」群像新人文学賞
を受賞。

 

 

以降、ドイツ語、日本語両方の言語で、それぞれ
違う作品を発表しつづけるように。

1993年、「犬婿入り」芥川賞受賞。

 

1990年、通訳、家庭教師などをしながら大学に
通い、ハンブルク大学修士課程修了。
(専門はドイツ文学)。
*ハンブルク市の文学奨励賞を受賞。

1994年、ハンブルク市からレッシング奨励賞受賞。

1996年、バイエルン芸術アカデミーの、ドイツ語
が母語でない作家におくられる「シャミッソー賞」
を受賞。

ドイツでは、ドイツ語圏の作家の集まりに招待され
たり、自作の朗読会を各地で活発に行なう。

小説以外にも、アーティストのシュテファン
本をつくるトビアスとのコラボレーションで、
『EIN GEDICHTFUR BUCH』
(一冊の本のための
ひとつの詩)
という限定45部のアーティストブック
(CTLプレス/ハンブルグ)を作ったりも
している。

ドイツ、アメリカでいくつかのフェローシップ
(研究奨学金)を受けている。

  • 1998年、チュ−ビンゲン大学で詩学講座を行う。
    *講義内容は「Verawandlungen」という題で出版されている。(ノルエー語訳、スウェーデン語訳あり)。
  • 1999年、アメリカのマサチューセッツ工科大学に四ヶ月、ドイツ語の作家として招待される
    *それ以来、頻繁にアメリカ各地の大学に招待される。
  • 2000年 チューリッヒ大学の博士号を取る。
    最終学歴はチューリヒ大学大学院博士課程ですね!
    *文学博士(専門は、ドイツ文学)指導教授はSigrid Weigel(ベルリンの文学研究センター所属のドイツ文学教授)

 

2000年、泉鏡花賞受賞。

2002年 Bunkamuraドュマゴ文学賞受賞
谷崎潤一郎賞受賞

2005年 ゲーテ・メダル受賞

2006年 ベルリンに越す。

2009年 スタンフォード大学とコーネル大学に一ヶ月ずつ滞在。
坪内逍遙大賞受賞

2011年 「尼僧とキューピッドの弓」紫式部文学賞受賞
「雪の練習生」野間文芸賞受賞

2012年 「雲をつかむ話」読売文学賞文部科学大臣賞(文学部門)受賞

2016年、ドイツの文学賞クライスト賞を受賞。

2018年、全米図書賞翻訳文学部門「献灯使」で受賞

小説・詩以外の活動

朗読パフォーマンス

声とピアノ「音の間 ことばの魔」
芥川賞作家・多和田葉子の朗読と
ジャズ・ピアニスト・高瀬アキの即興。

ギャラリーのアート空間の中でのライブ。

ギャラリーにはアーティスト・塩田小春による
巨大インスタレーション「沈黙から」を展示。
3人とも現在ベルリン在住で、国際的に活躍中。

  • 11月26日(月)東京 新宿ピットイン
    シュリッペンバッハ・トリオ、ゲスト:高瀬アキ

毎年恒例となったシアターΧでの作家多和田葉子
とのパフォーマンス「晩秋のカバレット」。
テーマは『ジョン刑事の実験録』
他に早稲田大学、京都のヴィラ鴨川でも
ワークショップ、パフォーマンスを行う。

  • 11月15日 東京 早稲田大学
    多和田葉子&高瀬アキ:パフォーマンス「4分33秒」
  • 11月16日 東京 早稲田大学
    多和田葉子+高瀬アキ:ワークショップ「言葉と音楽」Vol.9 with 多和田葉子
  • 11月17日 京都 ヴィラ鴨川 ベルリン通信
    高瀬アキ&多和田葉子:パフォーマンス
  • 11月18日 京都 ヴィラ鴨川 ベルリン通信
    高瀬アキ&多和田葉子:ワークショップ
  • 11月19日 東京 シアターΧ  晩秋のカバレット2018
    多和田葉子+高瀬アキ『ジョン刑事の実験録』

 

ホームページ

yoko tawada

原発についての発言や資料を提供しています。
「原子力に反対する 100 個の十分な理由」
題したドイツの原発に関する資料の日本語訳も
掲載されています。

 

結婚は?

全然情報がないのですが、おそらく結婚はされて
いないのかも。

ほとんど日本にいらっしゃらないようだし、もし
結婚されているとしたら、ドイツの方かな?と
思ったので…。

お子さんの情報もありませんでした。

 

多和田葉子さんの作品が、これほどまでに多くの
国で訳されていると言うのは、とても面白いです。

でも日本では今まで、それほど有名ではなかった
のでは?

もちろんファンに方にとっては、
「私は昔から知ってるよ!」と
叫びたい思いでしょうね。

これを機に、多和田さんの作品が日本でももっと
読まれることになって、特集とか組まれると思う
ので、楽しみにしています。

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まとめ

多和田葉子さん、もしかしてノーベル賞
という声が急に高まっていますね。

ご本人はあまり気にされていないと思いますが、
そうなってくれると嬉しいような…

逆輸入の形で、日本で有名になる人がいます。
海外で評価されて、やっと日本でも知られる
ようになるのは、日本人としては悔しい限り。

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