広河隆一による性的被害の内容!作品や評判は?妻や娘も孫もいる?

人権を訴える、メガネをかけた女性

週刊文春「世界的人権派ジャーナリストの
性暴力を告発する」
として、フォトジャーナ
リストの広河隆一氏による、女性7人への
性行為やヌード写真の撮影などを要求を
報じました!

抗議声明を出したのは
「メディアにおけるセクハラを考える会」

彼女たちから直接相談も受けていて、告発内容が
事実であると信じるに足る情報を得ているとの
こと。

広河氏は「人権派のフォトジャーナリスト」とし
レバノン戦争と虐殺事件に関する報道、チュルノ
ブイリの原発事故の報道などで講談社出版文化賞や
土門拳賞など多くの賞を受賞しているし、著書も
たくさんあります。

映画にもなっているくらいです。

そんな人物のセクハラだなんて…。
「セクハラ」という言葉が軽すぎる言葉に思えて
きます。

広河隆一氏は奥様も娘もいるんですよ。

一体どういう内容なのか、見ていきます!

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広河隆一氏のプロフィール

別名  :廣河隆一
生年月日:1943年9月5日(75歳)
出身地 :中華民国天津市

職業
フォトジャーナリスト
戦場カメラマン
政治活動家
市民活動家

活動期間:1967年〜

早稲田大学教育学部卒業後、イスラエルを訪れ、
以来、主に中東問題を中心に取材し続けている。

  • フォトジャーナリズム月刊誌DAYS JAPANの元編集長
  • 同誌発行の株式会社デイズジャパンの前代表取締役および前取締役
  • 有限会社広河隆一事務所代表
  • 日本中東学会、日本写真家協会、日本写真協会、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)、各会員
  • パレスチナの子供の里親運動顧問、チェルノブイリ子ども基金・元代表
  • 認定NPO法人沖縄・球美の里の前名誉理事長

 

出版活動と受賞歴

  • 1972年 「ユダヤ国家とアラブゲリラ」(草思社)出版
  • 1982年 レバノン戦争とパレスチナ人キャンプの虐殺の記録でよみうり写真大賞受賞
  • 1983年 同報告で IOJ国際報道写真コンテストの大賞と金賞を受賞
  • 1989年 「DAYS JAPAN」のチェルノブイリとスリーマイル島原発事故の報告で、講談社出版文化賞受賞
  • 1990年 「核の大地」(講談社)
  • 1992年 「エイズからの告発」(徳間書店)
  • 1993年 「チェルノブイリから〜ニーナ先生と子どもたち」産経児童出版文化賞受賞
  • 1994年 「戦争とフォトジャーナリズム」(岩波書店)
  • 1998年 「人間の戦場」(新潮社)で日本ジャーナリスト会議特別賞受賞
  • 1999年 「チェルノブイリ消えた458の村」(日本図書センター)で平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞
  • 2001年 「パレスチナ 瓦礫の中の子どもたち」(徳間文庫)
  • 2002年 「新版パレスチナ」(岩波新書)で早稲田ジャーナリズム大賞を受賞
  • 2003年 「写真記録パレスチナ」(日本図書センター)で土門拳賞受賞
  • 2008年 40年間取材した写真・映像で構成したドキュメンタリー映画『パレスチナ1948・NAKBA』を劇場公開
  • 2009年 全30巻のDVDボックスNAKBAを制作
  • 2012年 「新・人間の戦場」(DAYS JAPAN)などのノンフィクション、写真集、小説、訳書を多数出版
  • 2015年 12月 映画『広河隆一 人間の戦場』を公開

映画にもなってる!

  • 2000年にはチェルノブイリ救援の功績として、ウクライナ大統領、国会議長から感謝状を贈られています。
  • 2001年にはベラルーシから国家栄誉勲章(フランシスコ・スコリナ勲章)受賞。
  • 2011年にはウクライナ有功勲章を受章。

 

いやはや、こんな人がパワハラセクハラを
くりかえしていたとは。。。。。
国際的に日本の恥です!

 

広河隆一の作品

代表作に、銃口をこちらに向けたイスラエル兵の
写真があるそうです。

出会い頭に撮った写真とのことですが、銃を
持った兵士にいきなりカメラを向けると撃たれて
しまうので、プレスカードをしっかりと見せ、
相手に自分が兵士でないことを認識させてから、
カメラのレンズをゆっくり落ち着いて相手に向け
て撮った写真だそうです。

フォトジャーナリストのアイデンティティはまず「志」あるジャーナリストでなければなりません。
ですから「DAYS JAPAN」も写真雑誌ではなくそんなフォトジャーナリズムの雑誌なんです。

 

広河隆一氏がすごいと思うフォトジャーナリスト
セバスチャン・サルガドだそうです。

この人は人間の尊厳を大切にする人です。
ですから極貧の人を撮ってもその人が輝いて見える。
日本だと沢田教一が、やはり他を圧していると思います。

サルガドはすごいです!
私は知らずに映画を観て、動けなくなるほど
感動したよ!

広河氏が好きだってことは忘れて、せっかく
名前が出てきたので、サルガドの作品に触れる
ことをぜひぜひオススメします!

 

 

 

もう広河氏にはサルガドの名前を口にして
欲しくありません。

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谷口真由美さんの声明の内容

谷口真由美さんは、財務省前事務次官のセクハ
ラ問題を機に発足した任意団体
メディアにおけるセクハラを考える会」の
代表で、大阪国際大学准教授。

12月26日未明、Facebook上で声明を発表しま
した。

谷口 真由美

17時間前

【メディアにおけるセクハラを考える会より フォトジャーナリスト広河隆一氏の性暴力告発記事に関して】

週刊文春2018年12月26日号に『世界的人権派ジャーナリストの性暴力を告発する 7人の女性が#MeToo』というフォトジャーナリスト広河隆一氏についての記事が掲載されたことにより、すでに「これが事実なのか」「真相はまだわからないだろう」といった言説が流れていることについて、私たちの「メディアにおけるセクハラを考える会」の見解および声明を以下に記します。

はじめに、思い出すのもつらい性暴力の記憶について、告発された女性たちの勇気を称えたいと思います。私たちの会では、告発した女性たちから、本件につき直接相談も受けており、告発内容が事実であると信じるに足る情報を得ています。私たちは、告発した7人の女性を支持し、支援します。彼女たちへの、「ついていった方にも落ち度があったのではないか」、「広河氏は人権派なのでそんなことはしないだろう」といった二次被害については、下記の理由により、とうてい許容できる言説ではないとここに明記します。

(中略)

また、広河氏の映画『広河隆一 人間の戦場』のパンフレットには、「人間という大きなアイデンティティのなかに、ジャーナリストというアイデンティティが包まれているんです。だから目の前で溺れている人がいれば、カメラを置いて助けなくちゃいけない。」と記されていますが、高熱を出して抗うつ剤でもうろうとしている人に性行為を迫り、カメラをおくどころか写真を撮ったわけです。

(中略)

『DAYS JAPAN』2010年10月号は、「性暴力被害者に心と体のサポートを」と題した素晴らしい記事があります。
(中略)
性暴力被害者は、恐怖と屈辱と混乱の中で「誰にも言えない、知られたくない、考えたくない」と一人で悩み、「自分が悪かったのではないか」と罪悪感にさいなまれる。この時できるだけ早く、心理的・治療的な支援を受けることが心身の回復にとって非常に重要である。時が経過すればするほど心的外傷は深くなり、回復が遅れ、心身のみならずその後の生活、さらには人生にまで大きな影響を与えてしまう。「性暴力被害にあったのは、あたのせいではない。あなたは何も悪くない」」と、性暴力についての基礎的な理解が記されています。そのような記事を出している責任編集者が、よもや性暴力の加害者であるということが、被害者たちをさらに苦しめているのです。

このように、人権派のフォトジャーナリストを標榜していた人が、身近にいる女性の存在、そして人権をあまりに軽んじてきたこと、「私に魅力があるから彼女たちがホテルまでついてきた」、それにより「同意があった」と主張するのは到底看過することができません。私たちがこれまでメディア関係者の被害の聞き取りを進めてきた中で、メディアにおけるセクハラが、仕事の性質により、ホテルなどの密室を利用して、呼び出されたら行かなければならないという慣習を利用して行われていることが明らかになりました。それは広河氏がセクハラを行った状況と、見事に合致しています。

以上のことから、私たち「メディアにおけるセクハラを考える会」は、広河隆一氏の文春での応答は到底うけいれられるものではなく、また、被害者への二次被害がこれ以上拡大することのないよう、#MeToo を合言葉に、被害をひとりで飲み込んでいた人に、「あなたは一人じゃない」と寄り添い、連帯する言説を日本社会で広げていきたいと考えます。広河氏の仕事に敬服していた方におかれましても、そのことと、被害告発を正面から受け止めることは、矛盾しないことを認め、共に立ってくださることを期待します。党利党派ではなく、ひとりの人権の、尊厳の側に、私たちは立ち続けます。

2018年12月26日

(太字やマーカーで強調した部分はこちらで加えたものです)

 

被害の内容

フォトジャーナリストを目指してDAYS編集部
出入りしていた複数の女性に性的関係を迫って
いたという広河隆一氏。

大学生アルバイトもいたといいます。

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当時大学3年生だった女性の場合

セックスの最中は『これはしなきゃならないものだ』と自分に言い聞かせ”作業”としてこなしていましたが、一人になると、いろんな感情が込み上げてきました。

ホテルへの誘いを断ったら弟子失格の烙印を押され、アドバイスをもらえなくなるんじゃないかと不安でした。

フォトジャーナリストになりたいという夢を
持った人間にとって、広河氏は雲の上の上の
すごい存在。

神様のようなイメージですらあったのです。
そんな人が作っている雑誌の編集部で働けるのが
若い人間にはどれだけ嬉しいことか。

初めて編集部を訪れた帰り道、駅に向かっている
途中に、広河氏本人から電話がかかってきました!

「これが僕の携帯なので、これからもよろしくね」

舞い上がってしまうのも無理はないと思います。
彼女は

手の届かないような人なのに面倒見がいいんだな

と感じたそう。

働き始めて1カ月後、広河氏に自分の写真を見て
もらえる機会が巡ってきました。

「写真が下手だから個人的に教えてあげるよ」

と言われて、指導の場所として指定されたのは、
東京・新宿の京王プラザホテル。

カメラを持ってこいと言われたので、周辺の緑があるところで撮影するためにホテルで待ち合わせるのかなと思っていました。

しかしロビーに到着して電話をかけると、部屋に
上がってくるように言われたのです。

原稿が忙しいときはホテルにカンヅメになる、と
前々から聞いていた彼女は、その部屋というのは
仕事場だと思っていたので、疑いもなく向かいま
した。

部屋はきれいに片付いていて、一言か二言くらい
しゃべったかもしれない、という記憶しかなく、
あとは「はいじゃあベッドに座って」という感じ
で、あっという間にキスをされ、押し倒された
そう。

最初はなんとか逃れられないものかと思っていたのですが、よしよしという感じで体を撫でられたときに、自分の心と体がフリーズしたような感覚になり、固まって動けなくなってしまいました。

 

DAYS編集部での広河氏は、ささいなことで激昂し、
スタッフを理不尽に怒鳴ったり罵倒したりして
いたそうです。

そういう雰囲気の職場などにいたことのある人なら
お分かりかと思いますが、そうなったらもう、それ
以上その上司などを刺激しないように息をひそめて
嵐が過ぎ去るのを待つのが普通。

パワハラが当たり前のように行われていたのです。
しかし会社内どころか、業界内で神のような存在
に物を言える人はいない。

彼女もそういう広河氏のことがわかってきた頃で、
怖くて動けなくなってしまったようです。

それに「見捨てられたくない」という思いも
強かったと素直におっしゃっています。

性行為が終わると、広河氏は「これからモデルの子
が来るからベッドをきれいにして」と言ったとか。

ひどい話!
あまりにも侮辱してます!

モデルが部屋に着くと「ストロボの使い方はこう
やって」などと何事もなかったかのような態度で
指導し始めたそうです。

何が起きたのか考えるすきを与えないというか、結果的に写真を教える約束は守った形になるわけですから、アリバイを作られたと感じました。

 

狭いフォトジャーナリストの業界で、学びの場所
は限られている上、人脈の広い広河氏に睨まれて
見捨てられたら、この業界で生きていけない、と
いう危機感を持つのも無理はありません。

これ、たとえ若い男の子であっても、同じように
なりかねないんじゃ?

その後ささいなことで突然、彼女は広河氏から
「事務所を出ていけ!」と怒鳴られたのです。

絶望して泣きながら歩いていると、広河氏から
電話がかかってきて、タクシーに同乗するよう
に言われ、新宿・歌舞伎町のホテルへ。

「こういうときは、体を重ねてわかりあうのが
一番だから」
というようなことを言われ、裸の
写真も撮られたそう。

こんなすごい人を怒らせたのが悪かったんだという罪悪感と、性行為をしてしまったことの嫌悪感。
自分が何重にもダメだったんだ、という自責の念が頭の中をぐるぐるしていました。

 

その後、深夜の編集部で広河氏と二人きりに
なった時、背後から抱きつかれて「挿れたい」
言われ、もう限界だと感じた彼女は、ついに
DAYS編集部を離れると決意。

社員に電話で「理由は話せませんがもう明日から
行けません
」と伝えると、事情を察したような
反応が。

もしかして他にも被害に遭った人がいたのでは?
と思うようになった彼女ですが、裸の写真を撮ら
れていたので、怖くて声をあげられなかった。

やがて広河氏から性行為を強要されていたという
別の女性と連絡が取れたのです。

10年経って、彼女はやっとあの出来事が自分の
せいではないし、自分だけが被害に遭っていた
わけじゃないとわかり、「もう終わりにしよう」
とようやく声をあげることができたんです。

10年…。
てことは、当時広河氏は65歳。

友達がセクハラされた事があり、知人に注意喚起したことあったけど、ここまでとは…。ひどい話。

泣き寝入りした人がいっぱいいるんだよきっと!

広河隆一の性的暴行疑惑が関係者が皆事実って言ってて草。
お前ら知ってたんならどーにかしろよ。

DAYS編集部の社員もきっと知ってたんだよね。
本来なら声をあげるべきだけど、その勇気のある
人って少ない。

私がもし同じような年齢の頃だったら、言えなか
ったかもしれない。
今なら殴る(いや、人を殴るのはよくないけど)。

個人的には、広河さんの肝いりで福島から移住した方のうちの女性に被害者が出てないか心配だな。

そ、そんなことまであったら、あんまりすぎる。

こういう人を訴えるの勇気要っただろうなぁ……並々ならぬハードルがあったんじゃないか

うん、フォトジャーナリストになろうって思うくらいの女性だから、勇気あるよね!

 

広河氏のコメント

私は、その当時、取材に応じられた方々の気持ちに気がつくことができず、傷つけたという認識に欠けていました。
私の向き合い方が不実であったため、このように傷つけることになった方々に対して、心からお詫(わ)びいたします。
(ホームページより)

 

週刊文春の取材に対し、広河氏は事実の一部を
認めたものの、”強要”は否定。

望まない人間を僕は無理やりホテルに連れていきません。

(女性たちは)僕に魅力を感じたり憧れたりしたのであって、僕は職を利用したつもりはない。

 

複数の女性たちとの性的関係については

いろんな形であります

 

フォトジャーナリストになることを夢見て広河
の元に集まるのは、若い女性が多いそうです。

それは広河氏のしていることに尊敬の念を持って
来ているのであって、男性としての魅力を感じて
いるからではないのに、本人は勘違いしている節
があったらしい。

ある時、被害に遭った女性が交際相手を広河氏に
紹介すると、広河氏は女性の耳元で
「彼、僕に嫉妬しているよね」
とささやいたとか。

気持ち悪い!
幾つになった人間のやることなんだよ!

谷口 真由美さんの声明からもう一度。

人権派のフォトジャーナリストを標榜していた人が、身近にいる女性の存在、そして人権をあまりに軽んじてきたこと、「私に魅力があるから彼女たちがホテルまでついてきた」、それにより「同意があった」と主張するのは到底看過することができません。

 

報道写真の月刊誌「DAYS JAPAN」
発行するデイズジャパンは、25日付で広河
を社長から解任。

デイズジャパン社の代理人弁護士は12月26日、
「休刊まで、あと2号を残していたが、今回の
報道を受けて今後の発行は現時点では未定」
答えています。

認定NPO法人沖縄・球美の里の名誉理事長も
解任されたそうです。

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妻と子

元妻:ルティ・ジョスコビッツ(Routie Joskowicz)

別名、広河ルティ

画像はこちら

1949年生まれ、イスラエル出身の評論家、
フランス語講師。
一橋大学・和光大学の各非常勤講師。

両親はホロコーストを逃れてイスラエルに移住
したユダヤ人で、熱烈なシオニズム教育を受けて
育っています。

シオン運動、シオン主義
イスラエルの地(パレスチナ)に故郷を再建しよう、あるいはユダヤ教、ユダヤ・イディッシュ・イスラエル文化の復興運動(ルネサンス)を興そうとするユダヤ人の近代的運動。

一家でパリに移住しましたが、1968年、姉たちを
追ってイスラエルに戻ったとき、戦場カメラマン
広河隆一に出会い、影響を受けて反シオニスト
に。

1970年、日本に移住し、フランス語講師となる。
1981年、フランス国籍を離脱した上でルット・
ジョスコビッツ・広河
として日本国籍取得を申請
しましたが、法務省により「同化不十分」という
理由で却下され、無国籍に。

みずからのルーツを見つめた評論
『私のなかの「ユダヤ人」』により、1982年、
「集英社プレイボーイ・ドキュメント・ファイル
大賞」受賞。

広河隆一氏との間に2人の子どもがいます。

 

 

 

子供:タミイ J. 広河(広河 J 民)さん

子供の1人であるタミィさんの生年月日は2月9日。

1990年、文化学院専門学校芸術課卒業後、渡仏
しているということなので、現在40歳くらいで
しょうか。

2000年~2010年、東京を拠点にvictor スピード
スター(星野源
さんが所属してますね!から
バンドDouble Famousのパーカッショニストと
して活動。

画家としても、音楽やダンス、パフォーマンスの
舞台美術を手掛けています。

(畠山美由紀のPORT OF NOTES、
KAMA AINA、LEE OSKRSのCDジャケット等)

FUJI ROCK FESTIVALでは日本人初のぺインター
として10年以上レギュラーを務め、壁画やステー
ジを描きました。

2007年に長女を、2010年に第二子を、どちらも
自宅出産された後、沖縄に移住されています。

(広河さんてば、11歳と8歳のお孫さんがいるん
ですね!)

オーガニックの食材を使ったベジタリアンの食品
や生活雑貨のセレクトショップ「民商店」主催。

 

現在の妻

一般人の方なので、名前や顔写真などの情報は
ありませんが、大手出版社に勤めている方だそう
です。

広河氏の仕事の関係で出会った方でしょう。

でもジャーナリズムの業界にも近いですから、
結婚した後は広河氏の性癖についてや噂など、
いくらか耳に入っていたかもしれませんね。

最後に

ジャーナリズムの世界は、以前から女性蔑視の
温床みたいな世界だと、少し前から訴えている
のが「メディアにおけるセクハラを考える会」

2018年5月には、150のセクハラ事例を報告して
いるので、この機会に読んでみてくださいね!

こちらも!

報道現場で #MeToo をからかう上司。調査からみえた「セクハラ再生産」の現実

ヨシダナギは写真も可愛い!彼氏や夫はいる?経歴と個展情報まとめ!

2018.01.30

まとめ

広河隆一氏の言う「人権」には、女性
含まれていなかったのでしょうか?

あまりに当たり前の感覚で女性を見下していた
ので、それも「人権侵害」だなんて思いも
しなかったのでしょうか?

いいことばっかり言う人は信用できないって
いう見本のようだった。

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