三浦瑠璃は可愛い政治学者!出身高校・大学や経歴を調査!結婚は?

シュールで神秘的な女性の顔

松本人志さんがメロメロだという可愛い
政治学者、三浦瑠璃さん!

おじさまたちに大人気だそうで、いろんな
ニュース番組や「朝まで生テレビ」や、国会に
まで登場しています。

いったいなぜ政治学者に?
聞くだに見るからに頭良さそうですが、高校
大学はどちらのご出身でしょうか?

三浦瑠璃さん、さっそく学歴経歴を調べて
みましょう!

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三浦瑠璃(みうらるり)さんのプロフィール

別名  :濱村 瑠麗(旧姓名)
生誕  :1980年10月3日(38歳)

出身地 : 神奈川県茅ヶ崎市
出身校 :東京大学

配偶者 :三浦清志

  • 投資ファンドsaferay japanセーフレイジャパン 株式会社代表取締役
  • 元外務省職員
  • 株式会社トライベイ (Saferay Tribay Capital)マネージング・ディレクター

研究分野:国際政治学・比較政治学
研究機関:東京大学政策ビジョン研究センター
博士課程:指導教員 藤原帰一
学位:法学博士、専門修士(公共政策)、農学士

特筆すべき概念:リベラリズム・現実主義
影響を受けた人物:藤原帰一、船橋洋一

【受賞歴】

  • 2004年 自由民主党主催 国際政治・外交論文コンテスト初代総裁賞受賞(第1回)
  • 2006年 国連大学佐藤栄作記念財団主催「佐藤栄作賞」優秀賞受賞
    同年 防衛庁・自衛隊主催 安全保障論文コンテスト優秀賞受賞
  • 2009年 三菱UFJリサーチ&コンサルティング主催論文コンテスト優秀賞受賞
  • 2010年 東洋経済新報社主催「高橋亀吉記念賞」佳作受賞
    同年 東京大学大学院法学政治学研究科 博士(法学)特別優秀賞
  • 2017年12月、第18回正論新風賞

 

【主な講演テーマ】

  • 「激変する国際情勢と日本」
  • 「アメリカ大統領選と日本を取り巻く国際情勢」
  • 「世界はどこへ向かおうとして いるのか」

 

【主な著書】

  • あなたに伝えたい政治の話 (文春新書)

 

 

  • 「『トランプ時代』の新世界秩序」(潮新書)

 

 

  • 「日本に絶望している人のための政治入門」(文春新書)

 

 

  • 21世紀の戦争と平和 徴兵制はなぜ再び必要とされているのか

 

 

【共著】

  • 「国家の矛盾」
  • 「戦略原論―軍事と平和のグランド・ストラテジー」
  • 「戦争思想 2015」

 

【連載】

  • 世界への扉(月刊潮)
  • ニッポン新潮流〈政治外交〉(月刊Voice)
  • FNN プライムオンライン
  • Webronza 朝日新聞社
  • 時流を読み時代を探る (自警)
  • シティリビング
  • 北風抄(北國新聞社)
  • 優しさで読み解く国際政治(Domani)
  • 「時流を読み時代を探る」『自警』

 

【レギュラー・委員他】

  • 2015年 4月~ ニュース番組アンカー「ホウドウキョク」フジテレビネット配信,
  • 2015年8月~ 共同通信・「報道と読者」委員会第8期委員(第三者機関による報道検証)
  • 2017年 1月~ 讀賣新聞・読書委員会委員(書評委員)

 

【主なテレビ番組】

  • 新世代が解く!ニッポンのジレンマ(2015年 – 、NHK総合)
  • 朝まで生テレビ!(2015年 – 、テレビ朝日)
  • NEWS WEB(NHK総合)
  • NHKスペシャル(2016年 – 、NHK総合)
  • ボクらの時代(2016年3月13日、フジテレビ) 津田大介×三浦瑠麗×古市憲寿
  • ビートたけしのTVタックル(2016年 – 、テレビ朝日)
  • スーパーJチャンネル(2016年- テレビ朝日)
  • 報道ステーション(2017年1月24日、テレビ朝日)
  • ワイドナショー(2017年4月16日 – (不定期出演)、フジテレビ)

などなど。

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経歴

幼少期

神奈川県茅ヶ崎市生まれで、幼少期に
神奈川県平塚市に移住。

瑠璃さんの高祖母こうそぼ(祖父母の祖母)は明治天皇の
乳母を務めた人物とか!
曾祖父そうそふ(祖父の父)は明治天皇の乳(ち)兄弟!

当然でしょうけど、瑠璃さんのお祖母ちゃん(母方)
はそのことを幼い頃から語り聞かせていたそうで、
瑠璃さんは小学生の頃から和歌に打ち込むように
なり、毎年1月の歌会始うたかいはじめの儀で発表される
天皇陛下の御製おほみうたや皇后陛下の皇后宮御歌きさいのみやのみうた

丁寧に読んだりしていたそうです!

私も本は読んでたほうだと思うけど、「御製おほみうた 」
とか「皇后宮御歌きさいのみやのみうた」って、今初めて聞いたよ!

ニュースで歌会の歌とか紹介されてるのを聞いた
ことはあるけど、「なんであんなになが〜く読む
のかなーなんて思ってたくらいだし。

親の影響だと思うけど、世の中には想像もつかな
い家庭があるものだ…

大学教授のお父さんは、ビジネスマンのように
社会の動きを把握しなければという意識が希薄
だったようで、ニュースは新聞のみ、テレビは
禁止で、見るのを許されたのは大河ドラマのみ!

お母さんの家柄は凄そうなんですが、学生結婚
したご両親は、その後も公務員のお給料で5人
の子供を抱え、生活が大変だったようです。

当然機械音が出るようなおもちゃなど買って
あげられない。

幼少期は泥団子を作ったり、作物を育ててチャボ
の世話をしたりと、社会主義の村みたいな生活
だったとおっしゃっています。

泥遊びしている男の子と女の子のイラスト

とはいえ瑠璃さんだって、お姫様のような衣装
に憧れる少女の一面もあったのですが、むろん
実現するはずもありません。

だから親戚がお土産にバービー人形を持ってきて
くれたときは、かなり嬉しかったそうです。

テレビもつけられずおもちゃも少なくて、家で
することがないので、瑠璃さんはしかたなく読書
にのめり込んだという背景もあったみたい。

本の読み過ぎのせいかはわかりませんが、3歳の
頃からすでに視力が0.1しかなく、小学校から
ずっとメガネ少女。

同級生と話が合わなくなるのも無理はありません。
周囲からは浮いた存在になり、結果、自分で考え、
一人で行動するようになっていきました。

学校から家までは見渡せるくらいの田んぼ道で、
車も通らない信号もない農道だったので、下校中
『ナルニア国物語』『指輪物語』『ゲド戦記』
といったファンタジーや『赤毛のアン』などの本を
読んで、その世界にハマっていたようです。
(叱られてもやめられなかったみたい)

週1回、お父さんが図書館に連れて行ってくれて
本を借りていたようですが、さすがのご両親も、
現実離れした物語ばかり読んで大丈夫なのかと
心配していたようです。

ご両親がそうさせたんだと思うけど…

幼い頃の瑠璃さん

 

中学校時代:平塚市立金旭きんきょく中学校

King & Prince髙橋海人さんもここの出身。
工業科や商業科の高校に就職目的で進学する生徒
が目立つという、いわゆるお嬢様学校じゃなくて、
いたって普通の公立中学校に通っていたんです。

節約第一のご家庭でしたから、お受験して
私立学校なんてありえなかったんですね。

ご両親はあまりにも内向的な娘を心配して、
中学では運動部に入ることを強く勧めたため、
瑠璃さんは陸上競技部に入ったそう。

すると意外なことに、長距離走部門に配属されて
市の大会にも出場し、高校でも続けることに。

長距離走は孤独に走る競技なので、社交性が必要
じゃなかったのが幸いしたらしいです。

しかし学校生活に馴染めたかというと、まあ、
想像に硬くありませんが、無理でした。

異質なものは排除される。

先生には「他の子ともっと仲良くしなさい」と
言われるし、学校は当時まだスケバン文化
残っていて、身の危険を覚えるような腕力での
いじめもあったそうです。

陸上部内部でのいじめも逃げ場がなかったですね。
今考えると、陸上部をやめればよかったと思うんですが、子供ってそういうことが考え付かないんですね。
だから黙って部活も続けていました。

 

人民裁判?

中学校の思い出で強烈に覚えているのは、陸上
部員が集まり、木工教室で人民裁判(集団の圧力
で行われる吊し上げ)みたいなものが行われた
ときのこと。

顧問の先生のひとりが、瑠璃さんを仲間外れにし
ていた女子(全員だったそう)呼びかけたのです。

濱村三浦さんの旧姓)と一緒に練習をしない
のは問題だ。濱村もみんなと仲直りしたいと言っ
ているから、みんなの言い分も聞くから話し合お

時々、こういうことやる先生がいるんだよね。
私が小学校の時もあって、散々な逆効果になった。
今でもこういう経験談を見たり聞いたりします。

私が思うに、社会経験がなくて正義感だけ強い
先生に多いような気がする。
学校の先生って、社会に揉まれてないからね。

そして「和解のセレモニー」が行われました。
何かというと、一人ひとりが順番に瑠璃さんに
対する不満を言い、言い終わるたびに一人ずつ
ワーッと泣くという…

残酷。
心の中を吐き出させればすぐ仲良くなれるとか、
簡単に考える人がいるんだろうなぁ。

まあ、細々としたことなんです。
たとえば、瑠麗ちゃんがテストの答案を返してもらって嬉しそうにしてた。私はテストの点が悪くてその日一日落ち込んでいて「ヤバイ、こんな点とっちゃったよー」と笑いながら言ったら「そうだねー」と返したとか。
男子にちやほやされていたとか。

認知神経科学者で評論家の中野信子さんも
似たようなことをおしゃっていたような…

中野さんはテストの後、「え?どうして
できないの?」とか言っちゃうような子だった
らしい。

そりゃー「えっ!!??」ってなっちゃうよ。

 

 

「彼らが嫌な思いをしたことは事実」
「おそらく私は配慮が足りないんです」
という瑠璃さん。

配慮っていうのは、うちの母親がずっとしてきたようなことです。
他人のお母さんの前では「うちの子はこんなに駄目なんです」ということを言ってペコペコしたり……。
私はそれを見て、「ママは私のことずっとそういうふうに思ってたんだ」とか思っちゃうタイプ。
母には「能ある鷹は爪を隠せ」とよく言われました。
でも、私はそのよくわからない謙遜みたいなものが、すごくウソっぽくていやだと思ってしまって、だったら人と関わらないほうがいいやと思っていました。

でも、そこで涙を流すようなカタルシスを求めようとする様を私は醜いと思ってしまった。
とんだ茶番だと思いました。
私はここで言い返してはいけない。
まず直感的にそう思いました。
何より言い返す気が起こらなかった。

 

おそらく三浦瑠璃さんの瑠璃さんたる姿勢はこれ
何だと思う。
やたら炎上することを言うのもきっとこうだから。

『日本に絶望している人のための政治入門』
冒頭に、

自分の政治に関する思想を貫くものは何かと考えたときに、一つ選ぶとしたら、それはコンパッショ(Compassion)だと思う

とあるのですが、

それは一般的な「思いやり、同情、共感」ではなく、他者の立場に寄り添い、同情とともにもっと大きな全体最適に向けて考えること。
実践しようとすると、もっと激しくて、熱いものです。

瑠璃さんはおっしゃっています。

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高校時代:神奈川県立湘南高等学校

ここは石原慎太郎さんや、外交評論家の岡本行夫
さんが通っていた高校。

地元の平塚からは1時間以上かかるのですが、
いじめっ子たちと一緒にならないように、
学区外の高校を選んで受験したそうです。

湘南高校はバンカラな校風で、部活動では全国
大会へ何度も出場を果たしているフェンシング部
があるほか、サッカー部や吹奏楽部は全国優勝も
しています。

卒業後はほぼ全員が大学へ進学。 

瑠璃さんは出席日数に気をつけて3分の2は出席
しつつ、授業をサボって江の島で一人でぼーっと
することが多く、小室哲哉さんの音楽もよく聴い
ていたそうです。

友人は親しい人が1人だけいればいいと考えて
いて、できた友人は男子。
イギリス、インドネシア、日本と、3つの民族の
オリジンを持つ生徒で、瑠璃さんと同じように
変わったタイプだったとか。

本や映画の趣味も共通していて、映画の感想では
登場人物に感情移入した上で、人間や恋愛につい
て自分たちなりに深く考察したことを語り合って
いたそうです。

読書の傾向も、今までのファンタジーから日本の
女性文学者の宮尾登美子さん、有吉佐和子さん、
岡本かの子さんなどの「女の悲しみ」系の小説を
よく読むようになり、特に幸田文さんがお気に入
りに。

1999(平成11)年3月に卒業し、4月に東大に
入学しました。

 

 

大学時代:東京大学理科一類

東京大学理科一類に入学。

そこでやっと同質な人間が集まって楽になったか
と思いきや、ぜんぜんダメだった…。

理系だったのでクラスに女子は2人だけで、
男子校出身者は口も利いてくれなかったそう。

たぶんどう話していいか分からなかったんだ
と思うけどね。
教室に入ると一斉にこっちを見られるのが
苦痛でした」って無理もない。

ただ、当時、東大の学生でAVに目隠しして
出た子がいたそうなんですが、「あれ、濱村
じゃね?」と言われたりしたそう。
幼稚だねぇ。

東大に入る男子だって、人間性が育っている訳
じゃないもんね。

それで瑠璃さんも「あ、この子たちダメだ。
女性に対する接し方を知らないだけじゃなくて、
女には母親か娼婦しかいないと思ってる
」と
失望したんだそうです。

おまけに試験プリントが回ってこないことも
あり、自然とキャンパスから足が遠のくように。

そして進学振分け(現在の進学選択)の際には
農学部の地域環境工学専修を選びましたが、
思うような勉強ができなかったため、進路を
考えるため1年留年。

その間、他学部の授業を受けていましたが、
ジャーナリストの船橋洋一さんが教えるゼミに
参加して「社会科学」というものを知ります。

それまでは総理大臣の名前もよく知らない
リケジョだったのが、初めて文系の道を選び、
2001年(平成13年)4月同大学農学部生物
環境科学課程地域環境工学専修
に、1期生として
入学しました。

大学時代の瑠璃さん

でもこれも運命かも!
文系のクラスで、将来夫となる男性に出会ったん
ですから!

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結婚

2003年(平成15年)3月13日瑠璃さんは東大の
先輩の三浦清志さんと結婚しました。

この時大学4年生、高輪で初めてのひとり暮らしを
していた時のようです。

なんでも、「厳しすぎる実家の両親から早く逃れる
ための結婚」だったとか!?

でも瑠璃さんのことだから、尊敬できる部分がない
と結婚しなかったと思うな。

そして結婚が瑠璃さんを今の瑠璃さんにしたとも
言えるみたい。

 

政治に興味を持つ!

結婚して東京に引っ越した瑠璃さんは、新居に
ケーブルテレビを入れて、今まで見たこともない
お笑い番組なんかを見て「すごい、テレビって
と喜んでいたそうです。

すると間も無くイラク戦争が始まりました。

「湾岸戦争」で初めて生の空襲の映像をみたと
いう人が多かった当時、瑠璃さんは「バグダッド
の空襲」で初めてそれを見たのです。

石造りの屋根の下に私が居たとしたらどうなんだろう、と思ったのがすべての始まりですね。

当時、旦那様は外務省の中国課に勤務していて
帰りが遅かったので、待一人でテレビを見ている
うちに国際情勢に詳しくなった瑠璃さん。

「書きたいこと」がこのとき私の中に生まれたのかもしれません。
今でも書きたいことがなくなったら終わりだと思っています。

 

2003年3月に始まったイラク戦争で、瑠璃さんは
アメリカの軍人たちが反対していたことに興味を
持ち、博士論文でシビリアンコントロールの研究
を始めます。

シビリアン・コントロールの考え方は、「軍人は戦争をしたがって危険だから、職業軍人ではなく文民である政治家が軍隊の最高の指揮権を持つ」というものですが、その政治家を選出する主権者たる国民が好戦的になれば、戦争が起こってしまいます。

今回三浦瑠璃さんが炎上覚悟で持ち出した”徴兵制
の原点がここにありそうですね。

2004年(平成16年)1月
論文「『日本の国際貢献のあり方』を考える」
により、自由民主党が主催した
第1回「国際政治・外交論文コンテスト」
総裁賞を受賞。

同年3月東京大学を卒業。

同年4月東京大学大学院公共政策学教育部
(公共政策大学院)専門修士課程に入学。

そして国際政治学者の藤原帰一の下で学び、
研究を進めるうちに、環境問題を現実的に解決
したいと思うようになり、今度は政策に対する
関心が芽生えたそうです。

 

 

ここでは学生同士の議論が非常に活発で、時折
瑠璃さんの家でオーバーディナーやオーバー
ランチの議論を催し、時にそれは深夜に及んだ
そうです。

大学院の雰囲気は予想以上に和気藹々和気あいあいとして
いて交流が盛んであったことは院生活に大いに
プラスになった」とおっしゃっていますから、
瑠璃さんは初めて学生生活を楽しんだのかも
しれませんね。

2006年(平成18年)3月、同課程を修了し、
公共政策修士(専門職)を取得。

公共政策修士
公共政策(政府または公共部門が行う公共的な政策全般を指す総称)の分野の学位のこと。
専門職学位(日本においては、専門職大学院の課程=大学院の専門職学位課程)を修了した者に授与される学位。
通常の大学院の課程で研究業績に対して授与される「修士」と同等とされる)の一つ。

2010年(平成22年)10月東京大学大学院
法学政治学研究科総合法政専攻博士課程を修了し、
博士(法学)を取得。

(学位取得論文は、「シビリアンの戦争 : 文民
主導の軍事介入に関する一考察」

同年、論文「長期的視野に立った成長戦略―
ワーキングマザー倍増計画」
により、東洋経済
新報社が主催した第26回高橋亀吉記念賞の佳作
を受賞。
(夫の清志さんも佳作だったそうです)

同年、三菱UFJリサーチ&コンサルティング主催
懸賞論文コンテストの第3回「私ならこう変える!
『国と地方の新しいカタチ』」
において
グローバル化の中の道州制」優秀賞獲得。
(大賞は該当者なし)

2014年(平成26年)から、自らの政治的見解を
綴るブログ「山猫日記」を開始。

2015年(平成27年)「山猫日記」の内容を
再編集した「日本に絶望している人のための政治
入門」
を出版し、元日に「ニッポンのジレンマ」
でメディアに初登場し、以降「朝まで生テレビ!」
に毎回出演。

 

 

レギュラー番組の中では、

日常生活では『S』だと思われがちですがプライベートでは『Mっ気』がある

とおっしゃっているとのことです。
ふだん、ご主人とどんな話をしてるのかなあ。

ところで、テレビ出演時の洋服は全部、
瑠璃さんの私服だそうですよ。

2015年8月共同通信の第三者機関
「報道と読者」委員会の第8期委員に就任。
(第9期まで)

2016年12月「BLOGOS AWARD 2016」
銅賞受賞。

2017年(平成29年)2月、自由民主党副総裁
高村正彦氏と共著を出版。

同年12月第18回正論新風賞を受賞

 

 

【三浦瑠璃さんの学歴まとめ】

  • 1999年4月   東京大学理科一類入学
  • 1999年4月   東京大学理科一類入学
  • 2001年4月   東京大学農学部生物環境科学課程地域環境工学専修進学
  • 2004年3月   東京大学農学部生物環境科学課程地域環境工学専修卒業
  • 2004年4月   東京大学大学院公共政策学教育部(公共政策大学院)専門修士課程進学
  • 2006年3月   東京大学大学院公共政策学教育部(公共政策大学院)専門修士課程修了
  • 2006年4月   東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程進学
  • 2007年4月‐2009年3月 日本学術振興会特別研究員(DC2)東京大学・藤原帰一研究室
  • 2010年10月 東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程修了(最終学歴)

 

【三浦瑠璃さんの職歴まとめ】

  • 2007年4月‐2009年3月 日本学術振興会特別研究員(DC2)
  • 2011年1月‐2013年3月 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット特任研究員
  • 2013年4月‐現在 青山学院大学兼任講師
  • 2013年4月‐2015年3月 日本学術振興会特別研究員(PD)東京大学・城山英明研究室
  • 2015年4月‐2016年2月 東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員
  • 2015年2月‐2016年2月 株式会社山猫総合研究所代表
  • 2016年3月‐現在 東京大学 政策ビジョン研究センター

 

三浦瑠璃さんはやはり東大出身だったんですね。
学歴も経歴も、漢字がズラズラ並んでて長くて、
見てるだけで頭が痛くなりそう。

それにしてもいじめが続くつらい学生時代を送り、
彼氏とお付き合いもしたことないのに、いきなり
学生結婚とは。

もしかしたらお母さんも同じだったのかも。
瑠璃さんのご両親とか、瑠璃さん夫妻とか、
家庭ではどういう話をしてるんでしょうね。

整列している陸上自衛隊員たちの後ろ姿

三浦瑠璃がワイドナショーでスリーパーセル炎上!根拠がヤバい?動画あり! 

2019年3月25日
宇宙を背景に見つめ合う男女

三浦瑠璃の結婚した旦那(夫)は誰?子供や父母・兄妹は?英語力も調査!

2019年3月22日

まとめ

三浦瑠璃さんはとても素直に、疑問を持った
ことに対して突き進んできた方のように
思います。

気兼ねとか忖度とか全くなくて、その姿勢は
とても気持ちがいいんですが、はっきりした
物言いが「生意気」とか「上から目線」などと
言われたりするのでしょう。

瑠璃さん自身も

たぶん空気を読めてないから、反発を食らうんだと思います。

日本語で語尾をしっかり発音すると上から目線に聞こえるんですよ。

とご自分のことを冷静に見ておられるようです。

そうそう、この本を読んで「目からウロコでした」
とおっしゃってましたよ。

 

 

日常的に、会議の席で男性は、無意識のうちに女性にメモをとるよう言う。あるいは、実際は女性が仕切っているのに、責任者は男性だと間違えられる。グループ内で何度も話の腰を折られたり、自分のアイデアをほかの男性のものにされたりする。女性は、ありとあらゆるルールに従い、力不足なフリをし、リーダーになっても『気が強すぎる』と思われないよう気を使わなければならない。なにしろ、同僚の男性が女性を『ものすごくやる気がある』と評するときは、褒めているのではなく、けなしているのだから

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