林真須美は和歌山毒物カレー事件の冤罪被害者?子供達はどうしてる?

カレー鍋のカレーとすくい上げているレードル.

和歌山毒物カレー事件からもう20年以上たちます。
この事件では林真須美という女性が逮捕・起訴
され、2009年に最高裁で死刑が確定しました。

でも彼女は一貫して容疑を否認していて、有罪の
決め手のヒ素鑑定も、完璧なものではなかった
ようなんです。

 

また、最近林家の長男がインタビューを受けたり
ツイッターを始めたりして注目を集めています。

当時11歳の少年だった彼は、その後大変な人生を
送ってきたようですし、他の三人の姉妹も同様
でしょう。

今日はあのカレー事件のことを振り返り、
林真須美の生い立ちや夫の健治との暮らしぶり
などを見てみたいと思います。

 

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和歌山毒物カレー事件

1998年7月25日夕方、和歌山県和歌山市園部の
地区で行われた夏祭りで提供されたカレーに毒物
が混入され、それを食べた67人が中毒症状を起こ
して4人が死亡。

当初は「集団食中毒」と報道されるも、翌日に
被害者の吐しゃ物や体内から青酸化合物が検出
されたことから、「青酸カレー事件」と報じられ、
大変な騒ぎになりました。

事件から1週間後、ヒ素も混入されていたことが
判明。

警察は「青酸化合物は混入されていたものの、
犠牲者たちの死因はヒ素である」と発表。

最終的には「青酸化合物は混入されていなかった
と結論づけたのですが、真相は不明のまま。

 

事件から1ヵ月後、以前林宅で食事をしたという
2人の男性が急性ヒ素中毒になっていたと報じられ、
報道関係者の数は数百人にもなりました。

 

2ヶ月後、被疑者として逮捕・起訴されたのが
林 眞須美はやし ますみ(当時37歳)。

その後夫の健治も逮捕され、真須美と共謀して
保険金詐欺を行ったことを認めて、2005年まで
服役しています。

 

真須美は逮捕後も厳しい取り調べに耐えて無罪を
訴え続けていましたが、2009年には最高裁判所
にて死刑が確定。

判決の決め手は

  • 犯行に使われたものと同一の特徴を持つヒ素林家の自宅等から発見されたこと、
  • 林真須美の頭髪から高濃度のヒ素が検出されたこと

などで、
被告が犯人であることは合理的な疑いを差し挟む
余地がない程度に証明されている
とされました。

 

弁護側は「被告人には動機がない」と主張しました
が、「動機が解明されていないことは、被告が犯人
であるという認定を左右しない」と退けられていま
す。

2018年10月1日時点で林眞須美死刑囚は
大阪拘置所に収監されています。

 

林真須美死刑囚

林真須美といえば、逮捕前の連日のニュースで、
自宅を取り囲む報道関係者たちにホースで放水
している姿を、私もよく覚えています。

笑いながらホースで放水している姿はとにかく
ふてぶてしく感じられ「これは犯人に違いない」
と思わせるのに大いに役立ちました。

 

内気で恥ずかしがり屋の反面、負けず嫌いでも
あったという林真須美の少女時代は、不自由の
ない生活ではあったようです。

ただテストで悪い点を取ると、驚くほどヒステリ
ックになり、収まりがつかなくなったと言います
から、勉強にきびしい親だったのかもしれません。

 

和歌山県立箕島みのしま高等学校卒業後、大学付属の看護
学校に入学し、2年生になった19歳の時、後に夫
となる林建治に出会ったのです。

建治シロアリ駆除会社を経営する35歳の社長で
結婚していましたが、派手な車で彼女を迎えに
来ては、20万円のネックレスをプレゼントしたり
していたそう。

ギャンブル好きで派手な性格は、家でも大学の寮
でも窮屈な思いをしていた真須美には新鮮だった
でしょう。

1983年、2人は真須美が大学卒業するとすぐに
結婚した(建治は3度目の結婚)のですが、なんと
披露宴で行き違いがあり、建治は「てめえ、おれを
コケにするつもりか!恥をかかせやがって!」と
怒鳴ると、真須美を平手で殴りつけたのです。

しかも建治のギャンブル好きはだんだん酷くなり、
仕事もしなくなって廃業するはめに。

真須美建治と結婚したことを悔やみ、夫を激しく
憎むようになっていたようです。

家賃3万円の3部屋のアパートで暮らし出すと、
真須美もウエイトレス、化粧品販売、保険の外交員
などをして働きました。

 

1年後の1984年に新築一戸建てを、住宅ローン
を組んで3500万円で購入しているので、よほど
頑張って働いたのでしょう。

この年に長女が、翌85年には次女を出産。

この後、家の周りではさまざまな事件・事故が
発生するように。
この頃から保険金詐欺で大金を手に入れていった
ようです。

長男の証言によると、ある時から急に家が裕福に
なり、欲しいものはなんでも買ってもらえて、
札束を積み木にして遊ぶこともあったとか!

真須実は40件を越す保険をかけていて、その
支払いは毎年2000万円を越えていたんだそう。

 

1995年、園部地区の120坪の家を7000万円で
購入。

同年10月、真須美の母親が「急性白血病による
脳出血」で、67才で死亡。
真須美の手に保険金1億4000万円が入りました。

1998年2月、高級リゾートマンションの最上階
を購入する契約。

同年3月、知人にヒ素入りうどんを食べさせて
殺人未遂罪に。

そして7月25日にカレー毒物事件。

 

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林真須美が着ていたTシャツ

林真須美が着ていた黒いTシャツが当時話題に
なったようです。

実はミキハウスのもので、イメージの悪化を恐れ
ミキハウス側からマスコミに
「当社のイメージダウンになるので、彼女が着て
いる服のロゴ部分にぼかしを入れて放送するよう」
申し入れがあったとか。

 

それにしてもなぜ彼女は報道関係者たちに放水
したりしたのでしょうか。

夫の林健治がこのように話しています。

カレー事件のあと、マスコミがウチ囲んだでしょ。
夜中もずっといてるから、蚊にさされたらかわいそうだと思って、キンチョール持っていってやったりしたんですよ。
それなのに、とりもちつけた棒で郵便受けから郵便抜き取ったり、塀にはしごかけて2階の子ども部屋の写真撮ったりされて。

そんとき私、体が不自由やったから、真須美に「あいつらのぼせ上がってるから、記者会見する言うて集めて、上からいっぺん頭冷やしたれ」て命令したんですよ。

以来、真須美といえば、あの放水の「絵」が使われるでしょ。
いかにもカレーに毒入れそうなおばはんの「絵」ですよね。

 

ヒ素と保険金詐欺

体が不自由やったから」というのは、保険金を
詐取するためにわざとヒ素を飲み、多発性神経炎
になっていたからなんです。

ヒ素はかつて健治が経営していた白アリ駆除会社
で使用していたもので、廃業した後も後も持って
いて詐欺に利用していたわけですね。

カレー事件の10年程前からヒ素を使って、夫婦で
保険金詐欺を繰り返し、8億円も搾取していたと
いいます。

 

カレー事件で林夫妻が疑われたのも、真須美
夏祭りのカレーの鍋の見張り番の1人だったと
いう他に、この詐欺のことが分かったからでも
ありました。

 

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冤罪?

この事件は直接証拠がなく、状況証拠の積み重ね
だけで有罪とされています。

    • 誰かが林死刑囚にあったヒ素をカレー鍋まで持って行ったことは確かだが、それが本当に被告なのか定かではない。
    • 林死刑囚の次女は、母(林真須美)カレー鍋の見張りを離れた時間が20分以上あり、他の人物が毒物を入れる機会はあったと主張。
      (和歌山地方裁判所はこの証言を証拠に採用しないことを決定した)

    • 本人は容疑を否認し、確たる証拠はないし、動機もない。
    • 林死刑囚の犯行と断定されるに至った唯一の物証かつ決定的な証拠となったのは、犯行に使われたとみられるヒ素(亜ヒ酸)の鑑定です。
      ・現場付近で見つかった紙コップに付着していたヒ素
      ・林家の台所のプラスチック容器についていたヒ素
      ・カレーに混入されたヒ素
      この3つが鑑定の結果「組成が同一」とされました。
      でもそれは「同じ輸入業者」経由で入ってきたものだったと確認されたに過ぎなかったのです。

  • 実は当時、ヒ素白アリ駆除だけでなく、殺鼠剤農薬みかんの減酸剤としても使われていて、和歌山市内だけでも「同一の工場が同一の原料を用いて同一の時期に製造した亜ヒ酸」が、大量に出回っていました。
  • 林真須美が「自宅にあったヒ素紙コップでカレーに入れたと断定するのであれば、先の3つはまったく同一のものでなければならないのですが、弁護側の依頼で行われた鑑定結果では、3つは同一ではないと評価されているそうです。

 

林家の子供達

林家には女の子が3人、男の子が1人いました。
当時、長女が中3、次女が中2、長男が小5、
三女は保育園の年中。

事件が報道されると家は記者たちに囲まれ、
夏休みが終わっても子供達は登校できる状態では
ありませんでした。

和歌山市教育委員会は子どもたちの登下校を妨害
しないよう求める文書を、報道関係者に配布した
そうです。

 

2017年時点で分かっていたのは、
長女は結婚していて2人の子供がいる
長男は和歌山市内の運送会社勤務
三女は高校時代に法律の勉強をしていたらしい

ということです。

長男は2019年4月中旬にツイッターを始め、
5月27日現在でフォロワーが3000人以上。

ツイッターのプロフィール画像は、両親と
七五三に行ったときの写真だそう。

テレビ出演したことも話題になっています。

 

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林宅のその後

事件後に無人となった林宅の塀や壁には「人殺し」
などの落書きがたくさん書かれ、2000年2月には
放火により全焼してしまいました。

放火犯は逮捕され実刑判決を受けているそうです。

獄中の林真須美はそれを聞いて「ああ、そう」と
だけ答えたと言います。

その後焼け残った林宅は解体され、跡地は自治会
が買い取って、近隣住民により草花が植えられて
います。

 

まとめ

社会を騒がす事件が起こると、毎日毎日各局の
ワイドショーやニュースで同じ内容のものが放送
されますが、事件が最後まで報じられることは
まずありません。

その後を追った記者の本などがありますが、
読むのはかなり辛いものがあります。

林真須美は夫とともに、ヒ素を使った保険金詐欺
は行っていたようですが、毒物カレー事件に関し
ては、どうなんでしょうか。

被害者や遺族の方々にとっては、憎むべき相手で
あるでしょうが、その相手はもしかしたら別の人
の可能性もあるのかもしれない…

当時は報道のあまりの過熱ぶりに、林真須美
犯人であることになんの疑いも持たないまま忘れ
去っていましたが、関係者にとっては一生終わる
ことはないということを、あらためて感じました。

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