前田裕二はイケメンショールーム社長?経歴や家族・兄の愛!ノート術も調査!

前田裕二

石原さとみ(31歳)さんがいよいよ結婚しそう!
お相手はSHOWROOM株式会社代表・前田裕二まえだゆうじ
さん。

著書『人生の勝算』がベストセラーになって
います。

調べてみると、優しそうな外見からはとても想像
できないほどの過去を持つ、とんでもない社長さん
のようなんです。

そしてSHOWROOMというのは、とても面白い
サービスです!

既に日本国内では動画配信サービスでNo. 1なんで
すね!

なあんて知ったかぶりで書いていますが、最初に
SHOWROOMのことを知った時は、何だかわから
なくて放置していたんですよね。

それから何年も経ってしまってました…。

まずは日本の音楽業界の仕組みをも変えていきそ
うな前田裕二さんについて見ていきます。

かなりの苦労人みたいなんです。
国籍すら持っていなかったとか。

お兄さんと2人、世間の風の中を生き抜いてきた
経歴を見てみましょう。

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前田裕二さんのプロフィール

生年月日:1987年6月23日(30歳)
出身地 :東京都

2010年早稲田大学政治経済学部卒業。
2010年UBS証券会社入社。

● 2011年、UBS Securities LLCに移り、ニュー
ヨークで北米機関投資家(株式市場において数千
億〜兆円規模の資金を運用するファンド)に対し
て株式セールス/アドバイザリーを行う。

● その後、0→1の価値創出を志向して起業を検討。
事業立ち上げについて、就職活動時に縁があった
株式会社DeNAの創立者南場智子氏に相談したこと
をきっかけに、13年5月、DeNAに入社。

● 2013年、ライブストリーミングサービス
SHOWROOM(ショールーム)を立ち上げる。

● 2015年、当該事業をスピンオフ
SHOWROOM株式会社を設立。

スピンオフ=既存の企業や組織(この場合は
親会社)の一部を分離し、独立した別の企業や
組織とすること。ただし親会社との資本関係が
あるなど関係が深い別会社とする。

● 同月末、ソニー・ミュージックエンタテインメ
ントからの出資を受け、合弁会社化。

 

壮絶な生い立ち

なぜか父親がいなくて、母親と、10歳年上の兄と
3人暮らしだったそうですが、8歳の時母が亡くな
り、親戚の家を転々としていたそうです。

小学校2年の頃には、半年くらい住む家がなかった
といいます。

そのため、その1年間は学校に通えなかったとか。

当然のように、前田少年はグレていきます。
お金がなくてお腹が空いてたまらなかったため、
小学校4年でバイトしようとしたそうですが、
雇ってはもらえない。

小5の時、お兄さんをものすごく怒らせた事件が
あり、お兄さんを泣かせてしまいました。

それは前田少年にとってとてもショックだった。
それからは”兄貴が悲しまない生き方をしよう”
思って、路上での弾き語りを始めたそうです。

小学生でやっている人が周りにいなかったので、目立つかなと思って。

路上ライブ

地元の駅では全くお金がもらえなかったので、違う
駅に繰り出しますが、最初は月に300円とか500円
くらいしかもらえなかった。

そこで考えたのが、流行っている曲のカバーを歌う
こと。

お客さんの立場になって考えてみたわけです。

知っている曲が流れてくれば「おっ!?」と人の耳をそばだてることができるし、得体の知れない誰かが知らない曲を歌っているより、立ち止まるひとは増えるかも知れない・・・。

 

さらに道ゆく人々の年齢層から、かつてお母さん
に連れて行ってもらったスナックやカラオケで歌
われていた昭和の歌が良いだろうと思って、覚え
て歌ったり。

必死な子供が、お腹を満たすために自分で考え
だした知恵。

そうして半年くらい試行錯誤を重ねた末に、10万
から15万ぐらい集まるようになっていたといいま
すから、たいしたものですよね!

ちゃんと作戦を立てれば思い通りの結果に導ける

と感じたそうです。
第一の教訓。

こうして投げをもらっていたことが、やがては
SHOWROOMの発想にも結び付いていくわけです。

 

もうひとつ、前田さんの大事な思い出は小6のとき。

同級生のなかで塾に通っている超優秀な女の子が
いて、算数の時間に、授業では習わないような
素数の話を黒板に書いていく後ろ姿を見て、
愕然としたそうです。

「これは必ずしも、努力だけの差じゃないぞ」と。

同時に、与えられた環境の違いが知識レベルの差を生んでいることに、どうしても納得がいかなかったんです。

 

この女の子の後ろ姿を思い出すと、今でも、どんな
に疲れていても「ここで休んだら、普通に恵まれた
環境が与えられた人たちに負けてしまう」と、あと
もうちょっと頑張る”元気の源”になるんだそうです。

”元気の源”なんて平和な言い方だけど、きっと
ものすごく悔しい思いだったんだ。
思い出すだけで悔しさが蘇って、エネルギーに
なるんだろうな。

小学校で素数の話なんてされたら、私なんか
「塾に通ってるからだよな〜」なんて諦めてた
と思う。

でもしれは、前田少年ほど追い詰められていなくて
甘かったからかもしれない。

 

中学校

中学校の名前はわかりませんが、バスケット部に
所属していたということです。

 

高校

東京都立深川高校

中学を卒業した後は、お金に余裕がないため進学
はしないつもりだったそうですが、親戚の勧めで、
年間の学費が30万円ほどで済む公立校へ進学。

お兄さんが頑張って行かせてくれたようです。

実はお兄さんは医者になりたかったそうなのです
が、弟を育てるために就職の道を選んだそうです。

お兄さんも頭のいい人だったんじゃないかな。
なんて弟思いなんだろう。

18歳で両親ともいなくなり、8歳の弟を抱えて、
「これからは俺が面倒をみていくんだ!」って
強く思って、弟を守ってきたんだろうなあ。

前田さんは高校でもバスケット部に入っていたよ
うですが、たぶんアルバイトもしていたでしょう。

その上、英語のディベート大会に出て優勝されて
います。

日本人なのに、英語が外国人よりもうまい先生が
いて、その人を超えたくて英語のディベートを始
めて、大会に出たんだそうです。

帰国子女が出るような大会ですよ!?
どれだけ勉強したんでしょうね!?

 

前田裕二さんの原動力

自分は何らかの事情で塾に行けなかったとしても、塾に行っている人たちよりも圧倒的に高いアウトプットを出す。

海外に行けなかったとしても、海外経験がある人よりも英語が話せる。

つまり、相対的に不利な前提条件があったとしても、後天的な努力で必ずや勝てるということを示して正当化したいんですよね。

「親が早めに亡くなってよかったんだ」「塾に行けなくてよかったんだ」って後付けで言いたいがために。

うぅ、これだけ聞くと、泣けてきちゃう。
人生って、不公平なんだよね。

前田さんは、こういった行動について

運命正当化の旅をしているような感覚です

とおっしゃっています。

また、

学生のときは日記というかノートにずっと書いてました。
本屋さんに行って、1番ページ数の多い自己分析本みたいなのを買って、答えるということをやっていたんです。
それを何周もやる。2周目とかは微妙に自分の考えが変わったりするから、それをずっとやってた。

これは大学生の頃もことやっていたノート術で、
ノートは30、40冊にもなったそうです。
いわば内省ノート

これがディベートにも生きていたようです。

こうして見てくると、前田裕二さんにとっては
悲惨な生まれ育ちにもかかわらず、自分の力で
運命を切り開く力を持っていた、そのこと自体
がまるでgiftedギフテッドに思えてきました。

自分が頑張れるモチベーション設計がきちんとできている人って強いと思うんです。
それを持っていないと、深夜2時の時点で帰ってしまうんじゃないか。
成功とは、こういった積み重ねや習慣の結果でしかないですから。

「他の人に負けたくない」というわけではないんです。
むしろ、「自分自身に与えられた運命に屈したくない」という、そういう感覚です。
人と戦ってもキリがない。
自分は、自分の運命に打ち克つ。
そう考えて毎日頑張っている気がします。

いつも頑張りが続かない私。

前田さんのこの言葉を胸に刻んでおこう。

あ、でも私の場合、特に悲惨な生まれ育ちでも
ないし、なにが原動力になるんだろ・・・。

私みたいに考える人は多いんじゃないかな。
この質問に対し、前田さんは

僕だったら逆に「普通の環境で育ってしまったこと」をコンプレックスとして捉えてエネルギーに転換します。

とおっしゃっています。

生まれもってハングリーなやつらに負けるか!

そっかー、そういう考え方もあったんだなあ。
逆転の発想だ。

 

大学時代

早稲田大学政治経済学部

勉強しながらも趣味でバンドを続けていて、
さらにバイトで塾講師をしていたそうです。

また、外資系投資銀行に勤めると決めていた前田
さんは、1000回も「面接ごっこ」をしていた
いいいます。

「面接官はどんな気持ちなのかな」というのを
理解するためだったそうなんです。

そうだよねえ。
どんな人が受かるのかって考えたら、面接官の
気持ちになってみれば早いんだし。

以前苫米地英人さんが東大の入試問題を解く時、
「この問題を作った人の気持ちになって考える」
みたいなことを言ってた気がする。

ホリエモンだったかな?
あれ?
忘れちゃった…

 

外資系投資銀行というのは、50万人ぐらい就活生
がいるとしたら、1万人受けて1人受かるぐらいの
ところらしいですね:(;゙゚’ω゚’):

それで、少なくとも50万人中の上位1パーセント
入れるぐらい面接とかグループディスカッションが
得意になるには練習量だと思い、渋谷の宮益坂の
ジョナサンという店に毎日コンサルの人を呼んで、
グループディスカッションをしていたそうです。

お腹が空いて駅前で歌っていた少年が、ここまで
きたんですね…。

 

国籍がなかった!?

ところで、前田裕二さんはなんと日本国籍を持って
いなかったんだそうです!

なぜなのかはよく分かりませんが、たぶん出生届が
出されていなかったのだと思います。

お父さんがいなかったことと関係しているので
しょうか。

国籍を取るのはかなり大変。
知り合いにも国籍のなかった方がいて、仕事はして
いたんですが、結婚して子供を産んでからようやく
日本国籍を取っていました。

何年もかかったんです。

この辺りは法律というか、仕組みがわからない
んですが、前田さんもなかなか大変だったよう
です。

インドでの経験

インドの少年

国籍を得て、ようやく海外に行くことができる
ようになった前田さんが、初めて行った国は
インド。

なぜならインドは自分よりも劣る環境の人々が
絶対にいる
はずだと思ったから

どんな風に生き抜いているのか、実際に
見たかったんでしょうか。

あるとき夜行列車寝ていたら、少年が近寄ってき
て「お金をくれ」と服を引っ張るのだけれども、
無視していたら更に積極的になって、スティック
みたいなものを叩いて演奏を始めたそうです!

さすがに寝ているふりもできなくなって灯りを
点けて見たら脚がなくて、そこには上半身だけ
の少年姿が。

そして列車の中を手で這っている。
そうやって生き抜いている。

その時前田さんはすごい電撃というか、稲妻が
走ったそうです。

 

ところがその後、周りの人たちが次の駅で少年の
手を持って、ホームにポンと投げちゃったそう!

前田さんは彼に日本円で2万円くらいあげたそうで
すが、それも周りのインド人が盗っていき…。

見られてたんですね。

聞けばあのような子たちは、「親が脚を切る」
いうんです。
物乞いしやすいように。

またカーストという身分制度が残るインドでは、
最下層に生まれたそのような人たちは、現世で
苦しむことが功徳を積むことになって、次に生ま
れ変わる時にはその分、身分も高くなるので、
施しちゃいけないんだとか。

それを聞いた時に前田さんは、自分自身の逆境が
「何でもないな」と思ったそうです。

きっと前田さんは、どこかでこの感覚を求めていた
んじゃないのかな。

そして、頑張っているのにチャンスがない人もいる
ということにショックを受け、少なくとも弱者が
努力次第で這い上がれる仕組みを作りたい、と。

これは今の日本社会に対する挑戦です。

前田さんの心にまた一つ、モチベーションができた
のだと、私は思いました。

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社会に出てから

UBS証券会社時代

大学卒業後は外資系投資銀行UBS証券会社
入社。

よい先輩にも巡り会え、目標だった海外赴任も
2年目で実現。

仕事場はニューヨークの世界経済の最先端。

投資家のイメージ

でもやがて「今の自分は本当に、人生を懸けて
問いたい価値を世に出しているんだろうか」と
考え始めたそうです。

自分のやっていることは投資家を儲けさせて
いるけど、そのぶん誰かが損をしてる・・・・

 

時を同じくして大切な人が亡くなり、人生の
儚さを感じた前田さんは、自分の生きた証を
残せるような仕事をしたいと思うように。

そう考えた時に、自分で事業を立ち上げ、ゼロから価値をつくり出していくというのが一番しっくりきたんです。

 

DeNA時代

起業を決意した前田さん。
大学時代に就職活動で知り合っていたDeNA
南場智子氏に相談したところ、
起業して成功するには、投資の経験だけでは
うまくいく確率は低いかも知れないから、まずは
うちで修行してみたら」と言われたそうです。

実は南場氏にとって前田さんは、一度は新卒の
内定を蹴られたにも関わらず、5年経っても採用
したいと思っていた人材だったそうです。

こうしてDeNAに入ったのですが、最初に考えて
いたアイデアは採用されず。

それから自分にしかできないことは何かを突き詰
めて考えた結果、実現したのが「SHOWROOM」。

前田裕二さんは株式会社DeNAの一事業として
「SHOWROOM」を立ち上げ、2年後の2015年に
子会社として独立しました。

 

SHOWROOM

SHOWROOMは、誰もがライブ映像を配信できる
サイトで、視聴者は無料で映像を楽しんだりコメ
ントを投稿できます。

さらなる特徴は、有料のバーチャルギフトを購入
する「ギフティング」という仕組みで、気に入っ
た配信者を支援できること。

いわゆる「投げ銭」制度ですよね。

最近では「SHOWROOM」をきっかけに事務所と
契約したり、事務所に所属せずに多くのファンを
獲得する配信者も増えているとのことです。

トップで稼ぎ続ける人のなかには、月収500万円
という人もいるとか。

大学時代にバンドをやっていた前田さんは、一生
懸命頑張っているのに食べていけなくて、夢を
あきらめる人たちをたくさん見てきました。

ビジネスでも勉強でも、頑張ればそれなりの成果
が出せるのに、エンタテインメントの世界では
所属事務所の力やコネクションの有無など、努力
ではどうにもならない要素が多いと感じていた
そうです。

何よりお兄さんの存在が大きかったみたい。

グレかけていた自分を、深い愛情で守ってくれた
お兄さんがいたからここまでこれた、と。

 

創業時のメンバーは2人だけで、システムの構築が
追いつかずに初めての配信は大失敗。

スムーズに配信できるようになってからも、
ビジネスとして成立しない時期が続きました。

ライブハウスに足を運んで営業し、配信をしてくれ
るアイドルを増やして事業撤退の危機を脱出。

そのほか数々の危機を乗り越え、2017年9月には米国
のアプリ調査会社アップアニーが公表した動画配信
サイトの収益性ランキングで日本国内で1位を獲得。

僕が目指すのは「SHOWROOM」の収益を単純に伸ばすことではなく、ファンがアイドルやアーティストを直接支援できるギフティング型ライブ配信サイト仕組みを根付かせ、努力している人たちがきちんと報われる世界をつくること。

こう話す前田裕二さんは、海外に進出していこうと
しています。

本気で「世界の仕組みを変えてやる」ってな勢い
です!

 

そんな前田さんですが、挑戦への一歩を踏み出す
ことを怖いと思うことはないのでしょうか。
借金だってあるでしょうし。

そうですね…そういう意味では、僕いつも一歩踏み出すときに、「一歩踏み出すぞ」とは思ってない。
そういうのって何だか緊張しませんか?

「一歩踏み出す勇気」と考えている時点で、踏み出す勇気をもてない方向にいっちゃってる感じがします。
「一歩踏み出す」っていう発想じゃなくて、考えた時点で、ワクワクして手が動いてしまうわけで、挑戦は気付いたら既に始まってる。

踏み出す勇気、と構えずに、ワクワクする目の前のことにどんどん熱狂していって欲しいなと思います。

 

根拠のない自信

前田裕二さんに限らずですが根拠のない自信
があるという方がいます。

私はずうっと、これが不思議でたまりませんで
した。

これさえ自分にあれば、もっと生きやすくなる
と思っていました。

なぜ「根拠のない自信があるのか、前田さんに
伺ってみましょう。

自分で「これをやろう」と決めて、実現しなかったことが一度もないからです。

僕は突出した技術や能力を持っているタイプではありません。
愚直に「当たり前だけど、みんながあまりやらないこと」を続け、結果がついてくる。

そういう経験を重ねたことによって、困難に直面した時も、「大丈夫。絶対に乗り越えられる」と考えられるようになったのかなと思っています。

ふ〜ん、何事も初めからできていた人じゃ
なかったのよね。

私は誰かを「すごい人」と特別視することで、
自分とは違う=自分にはどうせできない、と
決めつけていたのかもしれません。

 

さて、これから 世界に出て行くために重要なのは
「いいパートナーに出会えるかどうか」なんだ
そうです。

一見あれ?と思っちゃいそうなんですが、この辺
りは彼の著書『人生の勝算』を読んでよくわかり
ました。

単なるビジネス本ではない、温かい本を書きた
かったという前田さん。

石原さとみさんならずとも、惚れちゃいそうじゃ
ありませんか。

 

 

ところでこの時の「すぐおわアドタイ出張所」
のなかで、

2018.03.30 掲載

中村洋基:ところで、前田君には彼女はいるんですか?

前田:それがいないんですよ。

というところがあるんですよね!

あれ?

まあ、石原さとみさんのスキャンダルになっても
困ると思ってのことでしょうしね。

文春砲にやられちゃったけど、前田裕二さんの
ような男性に惚れられたら、石原さとみさんの
株もかえって上がりそうです。

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まとめ

SHOWROOM、さっそくのぞいてみよう。

YouTubeより収益が上がりやすいそうなんです。
「投げ銭」いわゆる「おひねり」

ドサ回りの劇団の公演で、ファンがお札で作った
レイを首に掛けてあげているのを見て驚いたこと
があります。

ファンってすごいね!

そうして自分が応援した人が育っていくのを
見るのも生きがいになるのかも。

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